今日、日本語で用いられているすべての「痛み」の共通の語義を示すのは、もはや無理でしょう。

痛みの研究者の国際的な学会として、「国際疼痛学会(IASP)」があります。IASPが提示している痛みの定義は、痛みの研究者であれば必ず知っている基本中の基本です。

IASPによる痛みの定義とは――

実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、

感覚かつ情動の不快な体験4(IASP、2020年)⑴

というものです。一文からなる英語の原文を直訳したものなので、一読しただけでは何を言っているのかさっぱりわからないでしょう。しかし、この「IASP定義」には痛みの本質が凝縮されており、この定義に該当する事象はすべて痛みと考えます。逆に言えば、この定義に該当しない事象は、少なくとも疼痛学が対象とする「痛み」ではない、ということになります。

本書は、この定義が示す痛みのしくみの解説であり、痛みのしくみの理解に基づいた治療の講評をしています。そこで、まずこのIASP定義が何を言っているのか説明しましょう。


1 先天性無痛症(先天性無痛無汗症)という珍しい病気がある。この病気の患者さんはケガをしてもまったく痛みを知覚しない。

2 脳、目、耳鼻咽喉、胸、腹部の原因がはっきりしている病気の痛みは、それぞれの専門医が診療に当たっている。

3 脳卒中や外傷などの脳疾患のために視覚や聴覚に障害が出ることは、太古から知られていた。

4 「色」と「音」は現実の世界に実在するものではなく、脳において光(電磁波)と音波の感覚質(クオリア)が表象されたものである。同様に「痛み」も体には実在せず、脳で表象されたものなのである。この、ちょっと難しい話については次章で解説する。

原文"Anunpleasantsensoryande motionalexperienceassociated with,orresemblingthatassociated with,actualorpotentialtissuedamage."

【参考文献】

(1)IASP.IASPTaxonomy:pain,2020.Availableat:https://www.iasppain.org/resources/terminology/.AccessedApril20,2022.

次回更新は7月23日(水)、8時の予定です。

 

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