喜之介は周りに他の落語家がいる時は源太郎を「兄さん」と、先輩落語家を呼ぶ定番スタイルで通しているが、二人きりで話す時は「ケンちゃん」と呼んでいた。
それは源太郎の本名の竹沢謙作からきていた。そういう間柄だから、突然「源太郎師匠」と呼ばれて、源太郎は戸惑った。
「何やねん。喜之介師匠」
源太郎はすかさず、同じように喜之介を師匠扱いして呼ぶ。返す刀で斬られた感じだ。
「同じように呼ぶなよ」
喜之介のほうが動揺する。
源太郎は普段、喜之介を大学時代からの呼び名「克ちゃん」と呼んでいた。
同じように喜之介の本名の村瀬克彦からきている。だから「喜之介師匠」と呼ばれることは、こちらも違和感全開だ。
「ケンちゃんは弟子がいてるから、師匠と呼ばれてもおかしいことはないけど、俺は違うからな」
喜之介は普段の呼び方に戻し、源太郎をケンちゃんと呼んだ。
「今はそうかもしれへんけど、克ちゃんかて、すぐ師匠になるんやろ?」
源太郎も同様に喜之介を普段の呼び方の克ちゃんに戻した。
「そやから、それを相談してるんやないか」
喜之介は少し怒り気味に言う。
源太郎は喜之介にとって最も気の置けない友人であった。
というより、同じ落語家仲間で彼以外にこうしたことを相談できる相手がいないといのが本当のところだ。