もう初老の域に達しているように見える頬のこけた巾着切りは、観念したように「どうとでもしやがれ」と捨て鉢の態(てい)で芳蔵に腕をとられて座り込んでいる。
旅慣れた芳蔵もさすがに盗人を捕まえたのは初めてのことで、当惑顔に「若様、どういたしましょうか。引っ張って行って役人に引き渡しましょうか?」と聞いてきた。
集まってきた見物人たちを意識して徳三郎も困惑していた。武士が掏摸に懐を狙われたのである。見物人たちも内心笑って見ているのではないかと、恥ずかしさで一刻も早くその場を立ち去りたかった。
「もうよい、ほっとけ。放してやれ」
そう言って彼はその場を足早に離れた。それを見て芳蔵も巾着切りの尻を蹴飛ばしてから、徳三郎の後を追った。
翌日追分宿の旅籠を後にして間もなく、何度か後ろを振り向いていた芳蔵が言った。
「若様、昨日の巾着切りが後をつけておりますよ。昨日のことを限みに思って、若様を狙っているのかもしれません。用心してください。しつこい奴だ。あの場でたたっ切るか、役人に引き渡しておけばよかったですね」
徳三郎が振り返ってみると、なるほど、半町ほど後ろから、昨日の巾着切りがやってくるのが見えた。
観念して座り込んでいたひょろひょろに痩せた、貧相な初老の男のみじめな姿を思い出すと、よほどの油断がない限り自分が討たれるということが想像できなかった。
剣術には多少の自信があったのである。