その日の夜に老夫婦が訪ねてきた。毎晩クロは哀しげな声で鳴いていたと言う。その声を老夫婦達も聞いていて辛かったそうである。普通の紐は噛みきられそうなので、丈夫な紐を何度も付けたらしい。穏やかで優しそうな老夫婦であった。

クロを引き取って帰る時は、我が子が何か悪さをしたかのように何度も頭を下げていた。私のなかで初めて感じる何とも言えない感情と熱いものが込み上げ、胸を圧迫して私は泣いた。

両親の離婚や祖母の死時にも泣かなかった私を、犬のクロは泣かせたのである。クロには私と離されなければならないのが分からないのである。私はそれを考えると、クロの悲しみのほうが私より苦しい理不尽な悲しみであると思った。私はその夜は一晩中悲しくて布団の中で泣いた。

私はしばらく言い難い無力感に苛まれた。どんな弁解も意味をなさなかった。自分が子供だからなどという言い訳は自分自身には通用しなかったのである。私も含めて人間の身勝手さをクロによって痛感させられた。

学校に行っても頭はいつもぼうっとしていた。別離がこんなに自分を苦しめるとは思いもしなかった。私は早く大人になりたい、とこの時ばかりは強く思った。だが、そう思っても身体の中で得体の知れぬ感情が私を萎えさせた。

 

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