そう言って、店長は笑顔を見せた。それからほどなくして、膨らんだ紙袋をいくつも抱えた男性客が、哲也から一つ置いた薄暗い隅のカウンター席に座った。

鼻の下に髭を蓄え、仕立ての良いジャケットを着てはいるが、恐らく哲也と同年代であろう。店員との話しぶりから男は初めての客であること、紙袋から覗いた書籍から医療関係者らしいことが見て取れた。

その後、その男の顔すらはっきりと思い出せないほど酔ってしまったせいか、平素大人しい哲也には珍しく、後で思い出して思わず赤面したほどに、自分のやってきた研究についてどう思うかとあれこれ議論を吹っかけてしまった。

その客は、哲也に絡まれても気を悪くするふうでもなく、終始何か楽しそうで、噛みついてくる哲也を鬱陶しがらずに、一緒に議論を戦わせた。

まるで古くからの友人同士のじゃれ合いのような雰囲気だった。

哲也に呼び出され途中から現れた河本裕子(かわもとゆうこ)は、壊滅的にだらしなくなった哲也の体(てい)たらくに呆れ、男にぺこぺこと頭を下げ、詫びを入れた。

「気にしないでください。腕時計を忘れてきたのでついつい遅くまで楽しく話し込んでしまいました。優秀な研究者ですね。

彼のように真摯な研究者が開発する薬のおかげで、私たちの臨床も成り立っているのですから。素晴らしい彼氏ですよ。仲良くなさってください」

男が帰り際にそう言うと、裕子はまんざらでもないふうに赤面した。

「彼氏じゃないですよ……元同僚……」

哲也が呂律(ろれつ)の回らない口を挿むと、裕子はぷっと頬っぺたを膨らませ、思いっきり哲也の腕をつねった。

「いててっ」