【前回記事を読む】「もう生きる価値がない」と、急に運河へ飛び込もうとする彼女。力ずくで引きずり降ろすと、柵から地面に落ち…

2 退化

市川 2012年

風の強い日だ、私は信号待ちをしている。

私の左手には携帯電話が握られている。人通りは普段に比べれば少ない、昼前のスクランブル交差点。デジタル気温計は9℃と表示されている。

突然大きなクラクションが鳴った。

私はビクン!と大きくリアクションをし、左手の携帯電話を落とす、両隣の男性は私をチラッと見て、視線を前に戻している。

膝を曲げると脚の筋力だけでは元に戻せなくなった私は、目の前の地面に落ちた携帯電話を拾うために、ラジオ体操の身体を前後に曲げる運動のように脚を開き、落ちた携帯電話を拾う。

また画面にヒビが入った。

12月を過ぎた頃から急激に気温が下がり、私の身体がいうことを聞かなくなってきていた。

時折クラクションの音で、飛び跳ねるように驚く現象が現れ始めた。

映画やライブなどで、大きな音が鳴るぞと分かっているモノに関しては、この症状は現れないのだが、不意に鳴る大きな音に関しては尋常ではないほど、ビックリするように反射的に身体が動いてしまう。

普段なら大きな音でビクン!と全身にチカラが入る。しかし私の身体はチカラが入らなくなってきたためか、全身が飛び跳ねるようになっていた。

そのせいもあり、信号待ちでのクラクションで、携帯電話を落とすことが日常になってしまい、携帯電話は日を追うごとにボロボロになっていった。そのことを通院先の大学病院に相談すればいいのだが、私は病院との信頼関係はゼロに等しく、月1の通院も適当にあいづちをして終わりという、全くもって意味のない通院になってしまっていた。

ある日、私はアユに病院との関係が良くないので、どうしようかと打ち明けたところ「病院を変えたりしないのか?」というアドバイスが来たが、私は「もう医者も病院も信用ならないから変えるのも億劫だ」と返事を返した。

翌日、仕事中にアユからメッセージが来た。

「千葉県の市川にALSの方を多く見ている先生がいるらしいから、お願いだからアポ取ってみて」