【前回記事を読む】宅飲み中のトイレで転んだ。痛さはなかったが、ジンジン熱い…しばらくするとポタリポタリと床に真っ赤な液体が落ち始めて…
2 退化
新橋② 2013年
私がゴルフパターを整理していると、後ろからフワッと香水まではキツくない、 オーデコロンの匂いを漂わせて現れた。 オーデコロンなのか、ヘアトニックの匂いなのか分からないが、イケおじ特有のあの匂い。
当時、雑誌LEONの影響なのか、ちょいワルおやじ、という新種が街に溢れかえり、そこら中たむろに偽ジローラモが屯していた時代だ。
私は背後から漂わす匂いに振り返る。
マツナガさんは開口一番に、
「おまえ痩せたな、体調大丈夫なのか?」
と私に話しかけてきて、私は苦笑いで返すが、その時体重も減ってきてることに初めて気付いた。
確かに私は他の男性に比べれば細い、学生時代無理に食事を摂っても、60キロに到達しなかった。
身長は、170センチ後半はあるのにだ。
よく部活を引退すると急激に丸くなる学生がいるが、私はその逆で、むしろ引退してから50キロ前半まで体重が減ってしまっていた。
数年前に少し太らないと、と思い始め、体重は増加傾向にあったが、病気の進行が進むにつれ、どうやら体重も減ってきてしまっていたのかもしれない。
私はマツナガさんの取り置きのゴルフボールを持って来ようと、身体を起こし、カウンターに向かおうと移動した、次の瞬間。天と地が逆さまに視界に映った。
ガシャーン!
鈍い金属音と共に目を一瞬瞑り、もう一度開く。
時間で言うとたかだか3秒ほどなのだろうが、私には10数秒ほどに感じられた。
スローモーションで映し出された私の視界。
ゴルフボールを取りに行こうとカウンターに向かった際に、パターマットの人工芝に躓き、前方に前回りするように転んだようだ。
それと同時に脚や身体が触れて、先ほどまで陳列されていたパターが、雪崩のように崩れ落ちている。
大きな音に周りは一瞬静まりかえり、聞こえるのは店内に流れるテレビCMでお馴染みの陽気な家電量販店の曲のみだった。