ましてや接客中に転び、お客様に怪我がなかったものの、お得意さんのマツナガさんでなかったら、ビックリさせてしまい、購入意欲も落としてしまいかねない。

しかし18から働いてる会社だ。

辞めようと思っても思い入れが強過ぎてそう簡単に踏み出せない。

辞めたとて、次の仕事はどうする?

生きてくには働かないと、この生活を維持するには収入がないと。

そんな時、ヒデジが「フゥー」と息を吐き出して近づいてきた。

「今日は忙しかったな」

「ど平日に新人の歓迎会なんてやるなよな」

と愚痴をこぼしながら、洗ったグラスを棚に戻している。

どうやら団体客は、既に帰っていたようだ。

私は無意識にヒデジに質問をしていた。

「ヒデジはどうしてサラリーマン辞めてBARを始めたの? 超大手の地上げしてたんじゃないの?」

ヒデジはあっけらかんと答えた。

「ケンボーも知ってる前の奥さんが、銀座で働いてて、のめり込んだらBARの経営してた」

「んま、仕事も忙しくて、嫌になったんだろうな、ちょうど30過ぎだったか」

そう答えた。

私はその答えに何故か、背中を押された感覚になった。

「オレ今の仕事変えるわ、辞めるかどうかは分からないけど」

「明日上司に相談するわ」

ヒデジからは返答はなかった。

分からない、言葉には発しなかったのかもしれないし。 たまたまケツメイシの曲に、かき消されてたのかもしれない。

ため息とタバコの煙を口から吐き出し、私は財布を取り出し席に立つ。

次回更新は7月27日(日)、20時の予定です。

 

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