【前回の記事を読む】それからもう1人…全身麻痺と聞いていますから、鼻と口に濡れタオルを押し当てて息を止めるのは容易いでしょう。

眠れる森の復讐鬼

駐車場から双亀岬の尖端である展望所までは一キロメートルもないが、森林の間を縫うように曲がりくねった細い歩道で途中階段もあるので徒歩で行くしかない。佐々木はどんどん先を急いだが、二週間も入院していた海智はとても追いつかない。佐々木は息を切らしている海智を何度も振り返っては「急いで」と急かした。

その時前方で、つんざくような女の悲鳴が聞こえた。佐々木が走り出した。海智も慌てて後を追った。上り階段の手前あたりに人だかりができていた。

「警察だ!」

二人が人混みをかき分けて前に出ると、階段の登り口にベージュのブラウスとデニムのショートパンツを身に着けたロングヘアの女が褐色の四肢を投げ出してうつ伏せに倒れていた。その背中にはナイフが深々と突き刺さっており、ブラウスは鮮血で深紅に染まっていた。

彼女の右脇には蒼が腰を抜かして階段に座り込んでいた。手足をわなわなと子犬のように震わせて、開ききった瞳孔で呆然と宇栄原桃加の哀れな姿を見つめていた。

「何があった?」

佐々木が蒼に訊ねると、彼は階段の上の方を震える右手で指差し、震える唇を開いた。

「の、信永梨杏の母親が突然後ろからこいつを刺して・・・・・・」

佐々木はすぐに無線で連絡した。

「本部、本部、こちら佐々木。双亀岬で宇栄原桃加が信永経子に背中を刺されました。経子は展望所に向かった模様。これから彼女を追います。すぐに応援をよこしてください」

そう言うと、佐々木は階段を駆け上った。海智は呆然と座り込んでいる蒼の前に行き、彼を叱咤した。

「お前、医者だろ。しっかりしろ!」

蒼ははっと我に返り、倒れている桃加の診察をした。

「だめだ、もう死んでる」

海智は溜息をつくと、彼らをその場に残して佐々木の後を追った。