【前回の記事を読む】「二十時十四分、ご臨終です」…心臓マッサージにあわせて、華奢な体はベッドの上でバウンドを繰り返した。

眠れる森の復讐鬼

七月十八日の夜、私は一旦帰宅したと見せかけて、駐車場の車の中で服を脱ぎ、全身に包帯を巻いて梨杏と同じ姿に変装しました。中村大聖にこの姿を見せて梨杏と私の恨みがいかほど凄まじいか見せつけてやろうと思ったのです。

深夜になるのを待って、私は非常階段から四階病棟に侵入しました。非常階段の鍵は事前に処置室から無断で拝借して合鍵を作っておいたのです。深夜になると廊下にもライトはつきませんので、看護師に見つからないように、ナースステーションのカウンターに隠れるように這いつくばって廊下を進み、四〇三号室に侵入しました。

しかし、この時ばかりはがっかりしました。何度か中村大聖を起こそうとしたのですが、完全に昏睡状態だったのです。せっかくの変装も無駄になってしまいました。その代わり、いいことを思いつきました。この状態で人工呼吸器を外せば呼吸ができなくなって簡単に彼を殺せるだろうと思ったのです。

梨杏の人工呼吸器を常に側で見ていましたから、そのまま外せばアラームが鳴ることも知っていましたので、看護師が呼吸回路を交換する時の手順で機械を停止させました。その後すぐに向かい合わせの梨杏の病室に入り、ロッカーの中に隠れていました。

しばらくして事が収まった後にこっそり非常階段の出口から出て行ったのです。

それから一週間後の七月二十五日の深夜、同じように駐車場で変装し、非常階段から四階病棟に入り、今度は石川嵐士の病室に侵入し、点滴の中に大量のインスリンを注射しました。

インスリンは以前鍵を盗む際に、処置室の冷蔵庫にインスリンの注射器が置いてあるのに気付き、注射器と一緒にその時に盗んでおいたのです。しばらく後に石川を起こすと大変慌てた様子で今度はだいぶ満足しました。

しかし、もう体を起こす余裕は無かったようです。私は再び梨杏の部屋へ行き、ロッカーに隠れました。そしてまた隙を見て非常階段から出たのです。

そして今夜、今から高橋漣を殺すつもりです。全身麻痺と聞いていますから、ボディーガードさえ何とかすれば、鼻と口に濡れタオルを押し当てて息を止めるのは容易いでしょう。

石破一夏ちゃんが私の代わりに疑われてしまって、大変迷惑をおかけしましたから、その後は自首しようかとも思いましたが、私にはまだやり残したことがあります。

私が捕まれば梨杏は一人ぼっちになってしまいます。色々思い悩みましたが、これ以上彼女を苦しめたくありません。これから彼女の人工呼吸器を止めようと思います。苦しいばかりの人生でしたが、あの世で二人で幸せになろうと思います。身勝手をどうかお許しください。

早々

令和四年七月三十一日

信永経子