【前回の記事を読む】「おいっ誰か来てくれ!」――花火大会の夜。遂に決意して「俺、お前のこと…」と話し始めたその時だ。男が大声で叫ぶ声が聞こえ…
眠れる森の復讐鬼
部屋の中のベッドの上には高橋漣が横たわっていた。その鼻から口にかけて濡れタオルが被せてあり、大きく見開いた目の中の瞳孔は完全に開ききって虚しく天井を見つめていた。
「お前、何してたんだ!」
金清が男を叱りつけた。
「トイレに行った後、人が集まっていたもんですから何事かと思ったら花火が上がっていたもんですから、ついしばらく見物しちゃったんです。部屋に帰ってきたら、部屋からおばさんが飛び出してきたもんですから慌てて部屋に入ったら、こんなことに・・・・・・大変だ。どうしよう」
一夏は高橋に近付くと顔面のタオルを取り除き、呼吸と脈拍を確認した。
「心肺停止!」
すぐに彼女は心マッサージを開始した。遅れて今夜の夜勤の看護師二人が駆け付けた。
「心肺停止です。ドクターを呼んでください!」
「替わります」
看護師の一人が一夏に代わって心マッサージを始めた。
「一夏、四〇二号室だ!」
海智は一夏を連れて部屋を飛び出し、四〇二号室に飛び込んだ。中の様子を見て二人とも唖然として立ちすくんだ。
部屋の中に経子の姿はなかった。梨杏は相変わらずベッドの上に横たわっている。ただ、先程面会した時とは何かが違っていた。人工呼吸器の音が全く聞こえない。モニター画面も完全に消えており、アラームも鳴っていない。何よりも喉頭部の気管カニューレから呼吸回路が完全に外されていたのである。
「梨杏!」
一夏が悲痛な叫び声を上げ、彼女の側へ走り寄った。
「心肺停止」
彼女はナースコールを押すと、直ちに心マッサージを開始した。
「梨杏! 死なないで!」
華奢な梨杏の体はベッドの上でバウンドを繰り返した。そこへ金清が入ってきた。
「梨杏・・・・・・」
彼は一夏と反対側のベッド脇に駆け寄った。
「梨杏! 梨杏! 死ぬな・・・・・・」
固く閉じた彼の瞼から涙が溢れた。
「海智、皆を呼んできて!」
呆然としていた彼は一夏に呼ばれて我に返った。
「分かった」
彼は病室を飛び出して行った。