【前回の記事を読む】死にかけた男が奇跡の回復…しかしその体に宿っていたのは宇宙からの逃亡者だった

第一章 プロローグ

鳥飼という体を得たことは大変な幸運だった。フォントスは鳥飼に乗り移った直後に、鳥飼の意識領域を自らの生命エネルギーで包み込んでブロックし、意識下にある記憶領域に降りていった。

鳥飼は銀行の支店長という役職の割にはまだ四十八歳と若く、比較的裕福で、しかも単身赴任をしていて自由があり、フォントスが逃亡生活をしていくには申し分ない人物だった。ついていると思った。そして、よくここまで逃げてこられたものだと、自分の悪運の強さをつくづく感じていた。

鳥飼は広島に家族を残していた。子供は二人いて上の息子は今年大学を受験する。下の娘は中学二年生だ。七年前に広島支店から仙台支店に転勤することになった時、妻は子供の教育を理由に仙台についてこなかった。

鳥飼の妻も同い年の四十八歳で大学時代の同級生だが、夫婦仲は冷え切っていた。鳥飼が夜の十時頃広島の自宅に突然帰ったことがあったが妻は自宅にはいず、日付が変わる頃、酒臭い息を吐きながら帰ってきた。鳥飼は別れようと思ったが、皮肉にも単身赴任が冷え切った夫婦関係を継続させていた。

フォントスの前世は日本人で、その前はイタリア人、更にその前はベトナム人として生を受けた。しかし、いつのでも悲劇は繰り返され愛する恋人や妻と死別するのだ。前世では妻を自殺で亡くした。全身を癌に侵され、病院の屋上から飛び降りたのだ。

幸い子供はいなかったが、フォントスは悲しみの中で数年間のた打ち回った。荒んだ生活の中でクラブのホステスに惚れ、貢いで、騙された。絶望の中でそのホステスをナイフで刺し殺し、更に逃走中、関係のない多くの人々も殺害した。

前世のリンネ計画では、愛する妻を亡くした悲しみを乗り越えて他人に尽くし、慈愛の中で生き抜くという、人生計画を立てた。

人は輪廻の中にいる。魂が愛のエネルギーで満たされ浄化するまで、何度もこの世で生きる。人格が磨かれ他人への慈愛で魂が満たされた時、輪廻を脱して神の世界へ昇華する。

ところが、前世も、その前も、更にその前も、フォントスは愛する人の死を乗り越えられず、自暴自棄になり罪を犯した。神との契約である前世のリンネ計画書では、今度この悲しみを乗り越えられなかったら、フォントスの生命エネルギーはバラバラにされ、消滅させられることになっていた。

本当の死である。フォントスは魂の消滅という完全な死を受け入れることができず、囚われていたリンネ計画センターの刑務所から脱獄してきた。支店長室のドアがノックされ、総務課長の宇田川が入ってきて、鳥飼は我に返った。