他の階から応援の看護師が駆け付け、一夏以外は病室の外に出された。三十分程心肺蘇生が続けられたが、高橋の心肺蘇生にかかりきりになっていた当直医がやっと来たと思ったら、すぐに金清が部屋に呼び入れられた。
「お母さんの希望で、心肺停止時は心肺蘇生をしない方針になっていたそうです」
医師は心肺蘇生をやめさせると、厳かに最後の診察をした。
「二十時十四分、ご臨終です」
医師が頭を下げると、金清は号泣しながら梨杏の体に覆い被さった。海智も病室に入り、一夏の側に立った。彼女は蒼褪めて強張った表情で梨杏と金清を見つめていた。
その時、以前見かけたスーツ姿の二人の警察官が入ってきた。
「金清さん、こんな時に悪いんですが、状況から信永経子さんが梨杏さんの人工呼吸器を止め、ボディーガードの隙を見て高橋漣の鼻と口に濡れタオルを押し当て、殺害したものと見て間違いないようです。
高橋は全身麻痺だったので女性でも殺害は容易だったでしょう。現在指名手配が出されています。事情をお聞かせ願えませんか」
背の高い方の刑事が言った。金清は梨杏の体に埋めていた顔を上げた。元来の赤ら顔はさらに赤くむくんで下瞼には涙が取り残されていた。
「残念だが、俺にもさっぱり分からないんだ。経子があいつらを殺したとしても、何故この子まで殺さないといけなかったのか・・・・・・」
金清は再び悔しそうに目をつぶりうつむいた。眼鏡のレンズまで涙で濡れている。
その時、海智はテーブルの上に白い封筒が置いてあるのに気付いた。先程この部屋を訪れた時は無かったはずである。封を開くと、便箋にボールペンで手紙が書かれていた。彼はそれを皆に聞こえるように読み上げた。
前略
お世話になった皆様へ
本来なら、それぞれの方に手紙を書くべきだと思いますが、何分時間がないのでご容赦ください。
私は取り返しのつかない大変な罪を犯しました。それは中村大聖、石川嵐士の二人を殺害したことです。
私の娘、信永梨杏は高校生の時に四人の同級生達に酷いいじめを受けました。彼女の心の傷は如何ばかりだったでしょう。私はそれに気付けなかった自分を恥じています。彼女が焼身自殺を図った時は私も一緒に死んでしまいたいと思いました。
何とか命を取り留めた後もこうして人工呼吸器に繋がれベッドに横たわるだけの毎日で、再び彼女と話をする機会も奪われました。彼女の哀れな姿を毎日見ているとその四人に何とか復讐してやりたいという思いが募り、学校や教育委員会にも訴えましたが、全く取り合ってもらえませんでした。
この世には神も仏も無いのか、何故何の罪もない梨杏がこんな酷い目に会って、彼らは平気な顔でのうのうと暮らしているのか、この世の中を大変恨みました。それでも時間が経つ内に、これが私と娘の前世からの因縁なのだろうと諦めていました。
ところが先日、中村大聖、石川嵐士、高橋漣の三人がこの病院に搬送されてきたのです。これは図らずも神仏の思し召しに違いないと私は思いました。長い間封印してきた私の復讐心に火が付いたのです。この三人を絶対にこの病院から生きては返さないと神に、いえ、あるいは悪魔にかもしれませんが、そう誓いました。」
次回更新は6月22日(日)、11時の予定です。
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