「ああ。だからあんた、いつもひとりで湯屋に行ってたのか」
「所払い、と言ってな。咎人はしばらく江戸から追放されるんだ。俺は頭の中が整理できないまま、ここ大坂に流れ着いた。そして大塩先生と出会った。先生に訊いた。正義とは何なのか、と。先生は仰った。『正義とはただの言い訳や』とな」
言い訳。オイラもこのおっさんに言ったことがあるな、とカイは思い出す。
「それからこう仰った……与力をしていると諍い合っている双方の言い分を聞く。どちらも自分が正しいと思っている。このはそのぶつかり合いで、しまいにゃ力で解決しようとする。だから国家権力という力で双方を止めるしかない。ところが国家権力さえも悪に走ることがある。正義面していたものがころっと悪に鞍替えや……」
ちょうど、平八郎が弓削の違法無尽を捜索していた頃だった。
「わしは、力の暴走を知ってしまった。知った以上目を背けることはできんのや。お主もわしの仕事を手伝え。さすれば『正義』の端っこぐらいは見えてくるかもしれん。『悪』だの『正義』だの言葉だけを転がしても何も見えては来ん。知れ。そして行動せい……そう仰ってな。俺の中でようやく霧のようなものが晴れた気がしたんだ」
意義は、その後洗心洞で学び平八郎の右腕となって様々な捜索の手伝いをしたのだと続けた。カイは思う。このおっさんは大塩先生に導かれ、オイラはおっさんに導かれた。あのまま人斬りを続けていたら、オイラは人じゃなく狂い犬のまま野たれ死んだんだろうな。
「だが、俺はまだ何も成し遂げてはいない。不甲斐ないよ」
「あ~あ。やっぱおっさん、真面目過ぎるわ」
意義は苦笑しながら夜空を見上げた。無数の星が輝いていた。