【前回の記事を読む】その時、ずりっずりっ…と布が擦れるような音がゆっくり近づいてくるのが聞こえた。その音は俺の病室の前で急に止まり、そして…

眠れる森の復讐鬼

二人は四〇二号室を退室し、昼食時間も過ぎた。その時になって海智は退院後の外来予約がいつになるのか聞いていないのを思い出し、ナースステーションに向かった。

そこには例の小林とそれよりは若い看護師がいたが、彼が「すみません」と声を掛けても背を向けて何やらおしゃべりに夢中になっているので一向に気付いてくれない。

「坊ちゃん先生でしょ。ほんとむかつくよね」

「この間もですね。新しいモニターの使い方が分からないから訊いたら『看護師のくせしてモニターも使えないのか。説明書を読めよ』ってキレられたんですよ」

「あの、すみません」

「ええーっ、だってそのモニターだって、急に自分が試験導入してきたやつでしょ。それって絶対業者と何か結託してるわよ」

「あのー」

「小瀬木君」

急に後ろから呼び掛けられて驚いて振り向くと、そこには経子が立っていた。

「ああ、こんにちは」

「小瀬木君、お願いがあるの」

「お願い?」

「今夜花火大会でしょ。だから梨杏にあの浴衣を着せてあげようと思うの。でも私だけ見ても可哀そうだからあなたと一夏ちゃんも見てあげてほしいの。そしたら梨杏とても喜ぶと思う」

「僕はいいですけど、ご存じと思いますが、一夏は今病院には来られない状況なんです」

「大丈夫よ。マスコミが随分騒いでいるようだけど、一夏ちゃんは絶対に人殺しなんかする子じゃないわ。お願い、一夏ちゃんと一緒に午後七時半に来てね」

「はあ・・・・・・」

経子は普段より生き生きとした足取りで去って行った。海智はそれを呆然として見ていたが、自室に帰ると一夏にすぐ電話した。