猫、お好きですよね 松本 エムザ
「貴女に是非、お勧めしたい子がいるんですけれど」
人懐っこそうな笑顔を浮かべた青年にそう話し掛けられ、月子は困惑した。
「猫、お好きですよね?」
隔週の日曜日、月子は馴染みのスーパーではなく、少々遠方の大型ショッピングモールまで足を運ぶ。食料や日用品の購入が目的ではない。お金では買えない、貴重な時間を過ごすために、だ。
「月子さん、おはようございます」
「おはよう。むぅちゃんの姿が見えないわね。具合でも悪いのかしら?」
「いえ、むぅは卒業が決まったんですよ。トライアルも無事終了して」ショッピングモールの駐車場の一角。そこでは月二回、保護犬・保護猫の譲渡会が開催されている。大きな長方形状に並んだ青や緑のテントの下で、ケージやサークルの中で思い思いに過ごす何匹もの犬猫たち。彼らとの出会いを求めた多くの家族連れで会場は賑わいを見せている。
懇意にしている保護猫団体のテントを回り、代表者と挨拶を交わす。随分と長い間、譲渡先が決まらなかったシニア猫の「むぅ」に新しい家族ができたという報告に、月子は頬を緩めた。
「それは何よりのニュースね」
月子は、取り出した財布から紙幣を一枚抜くと、設置された募金箱に差し込んだ。ちらりと見えた和服高齢男性の肖像画。一万円札だ。
「月子さん、いつも本当にありがとうございます。ゆっくりしていってくださいね」
「こんなことしかできないけれど、そう言って貰えると嬉しいわ」
代表者に声を掛け、並べられたケージをひとつひとつ覗いていく。茶トラ、サバトラ、サビに黒、「こんにちは」「ご機嫌いかが?」「あらはじめまして」猫たちそれぞれに挨拶しながら。 そんな中、ひとつのブースから突然、「猫を飼いませんか?」と、声を掛けられた。
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