神様は存在しないと言い切るほどではない。でも、両親が信じ込んでいたあの老人は救世主ではなかったし、神様でもなかった。神社の奥に神様の御姿が見えるのでもないのに、人々はどういうわけか一心に祈りを捧げている。

心の中に、疑問が膨らんでいく。

「いるかどうかも確実でないのに……人はなぜ、神様を信じるのだろうなあ」

あの日、雑踏の中で私はそう言ったのである。二人は何も言わなかったけれど、きっとその時、思っていたに違いない。

今は、自分たちの信仰を私に話すのはやめておこうと。

そうだ。そんな日が確かにあったんだ。

「涼のことを、信じなかったわけじゃない。でも、たとえば……誰かを騙して金を巻き上げる詐欺師のような人間が、信仰心を利用することもある。涼の抱いた疑いの気持ちが、何かしら、嫌な思い出に基づくのだとしたら……伝えない方が良いって思った」

「……その、永ちゃん?」

私の気分は、なぜだかとっても軽かった。

「今日起きたことは、どれもみな、嫌なことではなかったよ」永ちゃんが頷くのを見て、話を続けた。

「何だか、たまらない気持ちがしているよ。二人が感じたように、私は今まで、宗教にはその、あまり良いイメージがなかった。全く、大嫌いだったと言って良いくらいだったし、宗教については、考えることさえ嫌だった。

でも、昨日、山本先生から教会を紹介してもらったんだ。少しずつ対話しながら、自己の思いを見つめ直せる場になるかも知れないよ、って」

濁音混じりの荒いため息を一つ吐いてから、私はなおも話し続ける。

「ここは、それまで持ってたイメージと全然違う。嫌じゃないんだ。さっき、なかなか立ち上がらなかったろう? 何だかここにいつまでもいたい、そんな風に感じたんだ」永ちゃんはやはり黙ったままである。

私は言葉を繰り返す。

「嫌じゃなかったよ……」

永ちゃんは静かに頷いた。

「なら、よかった」

「うん。ありがとう」

「おう」すぅ、はぁ。ため息を吐くような呼吸をすると、永ちゃんの煙草の先っぽが熱を帯びて赤く燃えた。彼の煙草はまだ半分残っている。

ふと、私は思ったことを口にした。

「……永ちゃん。菅野さんもここに来たってことで、合っている?」永ちゃんはゆっくりと頷いた。

次回更新は4月30日(水)、22時の予定です。

 

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