ハルは二十二歳になった。今日は定食屋の二階で初めてのお見合い。相手が来るのを待っている。いままでにも見合いの話はたくさん来ていたが、女手が足りないため、親に代わり妹弟の世話をしてきた。おのずとハルの結婚話は後回しにされた。今年の二月、長兄が嫁をもらって女手も増え、両親もハルを嫁に出そうと、やっと本気になった。
秋の収穫を待って早速見合いの席が用意された。ハルは相手に対して特別な高望みはなかった。見合いの相手は農家の長男で弟や妹が大勢いるらしい。ハルの母親はそんな家に嫁ぐのは心配と乗り気になれない口ぶりだったが、ハルはそんな苦労なら、平気だと思っていた。
「かっこつけて背広なんか着てくるような男なら、わし、好かんなあ」
ハルは地味な自分を自覚していたから表面でちゃらちゃらした男は好かんと自分なりに男を選ぶ心づもりがあった。
「遅くなってしまって、すまんことですの」
仲人の挨拶とともに若い男が身を小さくして和室に入ってきた。
若い男は背広ではなくねずみ色のカーディガンを着ていた。ハルは自分の思いがかなった分、好意的に若者をこっそり覗き見した。真面目そうな、そこそこの男前で、落ち着いて畳に手を突き、頭を下げていた。
それが野田峯司との出会いであった。峯司のほうは、色白でちょっとエキゾチックな雰囲気をただよわせているハルを一目見て、好感を抱いた。
若い二人で外に出ることを勧められ、行くところもなく、とりあえず近所の甘味屋に入った。おしる粉を黙々と食べ、しばらく二人ともだんまりが続く。すると峯司は汗をかきながら意を決して、ハルを見つめ切り出した。
「こんなこと言っていいのか、わからんのだけれど。どうか、この話、すぐには断らないでじっくり考えてほしいのす。俺、甘い言葉よう言えん。でも、あなたなら喜んで待ってます」
峯司はハルを嫁にしたいと思った。ただおとなしそうな女性というだけでなく、地味な姿なのにほかの女性とは少し違う。心構えとでも言おうか目に力があり、妙な安定感、頼もしさを匂わせていた。
ハルは峯司が見つめると頬を染め、農作業で荒れた手を片手でこすり、恥ずかしそうにしてうつむいた。峯司の言わんとすることが伝わり、峯司の目を見つめてから下を向き、頷いていた。ハルも心の中でよろしくお願いしますと何度も言っていた。
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