【前回の記事を読む】布団で寝込んでいると耳に入る、聞いてはいけない大人の話。帰省したがらない娘婿に対して納得のいかない母。「こんなんだったら...」
老話
家族写真
最初は、もう少し、もう少しで帰ってくると自分で自分を宥めていたが、外の暗闇で心細さが増幅され、ココの心は限界になってきていた。ついにココの目から大粒の涙が溢れ、号泣が始まってしまった。泣いても泣いても誰も帰ってこない。一人がこんなに心細いとは初めて知った。そのとき、外でがやがや声が聞こえてきた。『帰ってきた!』胸が締め付けられるほど嬉しい。
「ココ、何泣いているの。ごめんごめん、帰ってきたよ。おかげで、豆も無事に『にょがけ』が終わったから、安心だわ」
ココはみんなの顔を見て泣きじゃくりながらも安堵した。『良かった! みんないる!』一人ぼっちは辛いものだ。父ちゃんが体調を崩し、東京の大学病院まで診察してもらいに上京したが、結果は急性のがんだった。すでに末期、手術も無理との診断で、苦しみながら半年で亡くなった。その間、母ちゃんが献身的に看病したが、父ちゃんが亡くなったことが堪えたのか母ちゃんも腎臓を悪くして入院してしまった。
すでにあんちゃんは二人の年子の親になっていた。父ちゃんが亡くなり、責任が重くなった。朝早くから遅くまで、夫婦でよく働いた。子どもは畑の隅で遊んでいた。姉二人は嫁に行き、三男坊の三あんちゃんも就職して、家を出ていた。
残っているのは農業高校に通っているすぐ上の姉と中学生になったココだけ。畑仕事はもっぱら夫婦二人で頑張るしかなかった。父ちゃんは自分が病魔に侵されているとは想像していなかったから、離農した農家から畑を買い、作付け面積を増やしていた。
あんちゃんは出面(でめん)という臨時のアルバイトを雇い、何とか乗り切った。やっと秋の作業を無事に終えた。そんなとき、例の代用教員だった女教師が、隣町の小学校に正規の教員として採用されてきた。校長の引きで採用されたようだった。
あんちゃんは未練が残っていたので、我慢できず会いに行ってしまった。雪がちらつき始めた初冬だった。自転車で二十キロを走った。約束もなく、突然訪れたあんちゃんに女教師は呆れ、罵詈雑言を浴びせた。自分には好きな人がちゃんといる、もうすぐ結婚する。何と相手は校長だという。
校長が離婚するのを長い間待ち続け、あまりに態度をはっきりさせない校長への当てつけに、あんちゃんに色目を使い、校長の気持ちを確かめたに過ぎないとまで告白された。俺はいったい何だったんだ! やり切れない怒りに立ち飲み屋で泥酔するまで飲み続けた。