「……近ごろ、以前よりもラファが私の前に現れることが増えました。私には、そのことがどうにも煩わしくて……それから、ええっと。訳あって、私が両親と一緒に暮らしていたころのことを、文章に書かなくてはならなくなって。それで、悩みが募ってしまい。書いても書いても、近付かない気がしてならないんです」

(本当に起きたこと、私の記憶に刻まれていることに。……どうしても、自信が持てなくて)

取留めもなく話し続ける私の言葉を、先生はじっと聞いていた。

しばらくして話が止んだ時、先生はゆっくり頷いて、何か私に言おうとする。しかし、言葉をすぐには出さないでいる。

先生は発言をためらっているように見えた。

体の動作をぴたりと止めているために、カルテや書類にペンを走らす音もしなければ、椅子が軋むこともない。そのまま、十秒ほどが経過した。視線を落として黙考していた先生が、私を見つめる。

「わしの思い付き、なんだけれども一つ言っていいかい。東岡山キリスト教会へ行ってみるというのはどうかな?」

「えっ……?」

思いがけない言葉だった。

私の過去を、先生は知っている。私がどのように生を享けたかご存知である。なのに、なぜ。

「どうしてまた、教会なんでしょう?」

「うん。まず、ご両親と暮らしていた時のことを、文章に書き起こさなくてはならないと話したね。

つい最近、うちに来ている人から、通ってる教会の話を聞いたのだけど、聖書を学んだ後、自分の学びを皆の前で発表したり、他の人が話すのを聞いたりする集まりがあるそうなんだ。初心者も大歓迎。誰であっても構わないという場だ。これって、誰かに何かを伝える勉強になると思わないかね?」

そう言われてみれば、確かに役に立つと思われてくる。ただ。汗で背中がじっとりと湿っていくのを感じる。

キリスト教。何か一つのことを信じる場。宗教。

私にとって、どれ一つとっても、避けたい存在だ。

先生は私の過去を、ある程度は知っている。なのに、どうしてそんな案を持ち出したのだか、さっぱり理解できない。

「でも、その、先生。なぜまた?」

「わしもね、キリスト教のことを、このところ少し勉強していてね。その教会にも足を運んでみたんだ。皆でお茶を飲んでね、クッキーを食べて悩みを話し合って、その日はそれでおしまいだった」

私は目をぱちくりさせながら先生の顔を見る。てっきり皆で静かに像に向かいながら面を伏せ、じっと聖書を読むのだろうとか、思っていたものだから、先生の話がとても意外だったのだ。

次回更新は4月20日(日)、22時の予定です。

 

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