憂鬱な思いで足を止めると、マジメは、

「帰らないんですか?」と聞いた。

俺は、「帰りたくないな」と言った。

「いえ、帰りましょう」

マジメは、丁寧に頭を下げサヨナラを言うと、その場から消えた。

日暮れの廃屋は、さながらお化け屋敷のようだった。開けっ放しだった縁側から和室にあがると、畳の上の細かい埃がまとわりついた。

台所の方でペタ、ペタ、ペタと足が床に張り付く音がする。音は、俺の足音とは別に聞こえる。

何かがいるような気がする。いや、絶対にいる。

音がする方へ向かうと、昔ながらのガラスの引き戸に小さな手の影が見えた。ホラー映画のCMで見たことがあるような、ないような状況に冷や汗が流れる。小さな手の影は、俺をからかうようにペタリ、ペタリと現れては消えた。

「ひいっ」

俺は、全力疾走でマジメの家へ向かった。震える指でチャイムを鳴らすと、マジメは感情の読めない顔で、

「はい、何でしょう」と言った。

「出た」

「河童ですか? おめでとうございます」

「違う! 幽霊が俺の家に出たの! 怖い!」

「おじさんが探している河童も似たようなものなのでは」

マジメは、一晩だけ泊めてほしいという俺のお願いを、神経質なオウムを飼っていて、知らない人がいると、よりナーバスになるのだとか理由をつけ、頑なに断った。

そして、代わりに一緒に俺の家に立ち入ることを申し出た。

「トカゲやヤモリと見間違えたんじゃないでしょうか」

 

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