【前回の記事を読む】トカゲは人のふりをするのがうまい。父はそんなトカゲだったかもしれないと答えを出した。

夏の子供と星の海

俺の頭の中に、河童が再び姿を現した。

「河童! かかったか!」

「すみません。不自然にキュウリが置いてあったので、気になってしまって」

倒れたザルとつっかい棒を直しながら、メガネをかけた真面目そうな少年がそう言った。

「こら! 俺の罠にかかるな少年!」

罠にかかったのが、河童ではなく少年だったことに憤りを感じて、大人げなくそう言うと、少年は、「すみません、すみません」と言って頭を下げた。

「お前、小学生? 学校はどうした学校は。川で遊んでないで勉強しろ。将来の夢とかちゃんとあるの? 立派な大人になれないよ」

「先週末から夏休みです」

「あ、そう」

「夏休みの自由研究で、川魚の研究をしています」

「あ、そうなんだね」

「おじさんは何を? あ、このキュウリ、おじさんのですか? こんな暑い所に置いていたら腐ってしまいますよ。おじさん、川で冷やすのはどうですか?」

「おじさん、おじさんって言うのやめてくれる? お前にとっては、おじさんかもしれないけど、俺はまだお兄さんを諦めたくないの」

「すみません、すみません」

「お前、河童見たことある? 俺、今、河童捕まえてるんだ」

「え? そんな当たり前に実在しているみたいな口ぶりで。おじさん、いかれてますね」

「いかれてねーわ」夕暮れ時に差し掛かると、いつの間にか釣りをしていたおっさんは姿を消していた。

少年と川を後にして、家までの道を歩く。

「おいマジメ」

「僕のことですか?」

「お前の家、どこなの?」

マジメは、廃屋の隣にある、スタイリッシュな白壁が印象的な、モダンスタイルの二階建て住宅を指さした。

「マジメ、お前隣人だったのか」

「先日、築八十年の廃屋が百万円で売れたと祖父から聞きました。おじさんがお住まいになるんですね」