【前回の記事を読む】妻は明らかに好転していた。懸案はオナラである。まだ出ない。早く出てほしい。促すように私は見本を一発やった。
第四章 2015年(後)
11月29日(日)
トスカ
今日はあい子と一緒に新国立劇場オペラパレスで『トスカ』を観劇の予定であった。
チケットは1年以上前に入手しており、良子の罹病は考えてもいなかった。良子の状態に異変があれば勿論オペラどころではなかったが、昨夜の状態を見て安心していた。
私の勘違いで13時開演と思い込んでいた。
拙宅から首都高速経由、1時間弱で劇場に着く。途中の異変も考慮して2時間前に首都高速へ乗るのを常にしていた。実際には14時開演であったので12時でよかったのであるが、それを11時と思い込んでいた。あい子もおかしいなと思いつつ私に注意しなかった。
10時半に良子の病室に入った。今朝はちょっと顔を見て、すぐ出かける、オペラの帰りにゆっくり来ると、昨夜良子には伝えていた。
良子の顔色が少し青かった。
「元気ないなあ。調子悪いの?」
良子は、痛み止めを強いのに替えたと言った。そのせいだろうと言った。
「ということは、痛いの?」
良子はうなずいた。
あい子が指示されたものを1階の売店へ買いに行った。私は持ってきた爪切りで良子の爪を整理した。深爪をいやがった。老眼鏡をまだ使っていないが老眼に違いない私は、爪先が見えにくかった。「危ないねえ」と良子は何度か手を引いた。
11時に部屋を出た。首都高速入り口まで5分であった。12時に新国立劇場横に着いてしまった。新宿中央公園で時間をつぶした。良子の冴えない表情が、私の心を重くしていた。今回私の悪い予感はすべて当たった。
それを考えるとぞっとした。