「これがそれだ」と、窓口のオジサンは、今去った男のキャンセルチケットを示した。体で感情を示すことのないあい子が、ワオと声を上げた。
私たちがその男より5分先に行っていれば、私は当日の天井席取得に並んだであろう。それも取れたかどうか分からない。5分遅くても、同じ目的の誰かが私の先に間に入ったであろう。インターネットの時代、キャンセル待ちはいっぱいいたはずである。間に誰もいない、隙間のない接続が私たちを、スカラ座の「トスカ」に導いた。
未練でも、求めれば、何かが起こる、そう思った。
今日の新国立劇場オペラパレス、『トスカ』も素晴らしかった。
トスカ、カヴァラドッシ、スカルピアの三人の歌手が第1級であった。
第1幕でトスカのマリア・ホセ・シーリさんが二人の男性に比べて弱いかなと思ったが、結果を見れば一幕では彼女は抑えていたのであって、2幕、そして終幕で爆発した。
ホルヘ・デ・レオンの「星も光りぬ」も切実だった。ただ歌い終えて直ちにブラボーが来たので、これはほんの少し、間をおいた方が良かった。歌手はまだ息を詰めているのである。息を詰めている間も「歌」である。
以上を書き終えて新国立・オペラパレスのサイトを覗いてみると、次の報告が出ている。
* オペラ「トスカ」平成27年11月23日(月・祝)公演におきまして、トスカ役のマリア・ホセ・シーリは体調不良により第1幕までで降板し、代わって第2幕よりカヴァーの横山恵子が代役を務めました。
ということは今日も、第1幕では体調を確認していたのかもしれない。2幕で確信を持ち、3幕でここぞとばかり爆発したと思う。
良子を心配して車をとばして帰った。
元気な顔を見て、夜ワインをあけ、ゆっくり『トスカ』を反芻した。
次回更新は4月25日(金)、20時の予定です。
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