【前回の記事を読む】「音楽は役に立たない、だから本にした。」図書館に入り浸って手当たり次第に本を読んでいるのは、音楽じゃ解決できなかったから…

第一章 東京 赤い車の女

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「音楽ってさ、そこそこ元気がないと聴けないよね。ほんとに参ってる時はうるさいよね」とユミが賛同してくれる。

文学派のユミにとっては本当にそうなのかもしれない。でも、僕は元来、音楽派だから、これはちょっとおかしい、と感じる。ふと口をついて出た言葉だから、自分の本心ではないのかもしれない、とも思う。

「医学的にはね」と小百合さんが口を挟む。「あるレベルを超えたストレスを受けた場合、受動的な行為によるより能動的な行為の方が、よりうまくストレスを解消できる、という事がわかっているの」

「だから、聴くだけの音楽は時に無力で、ユミみたいな創作活動の方が有効なのかもしれない。演奏する音楽なら、力を発揮するかもしれないわね」 と説明してくれた。

ユミは、「それじゃ、図書館でただ読んでるだけじゃダメじゃない? それとも、自分で思ってるほど大したストレスではない、ということなんじゃないの」と言った後で、一呼吸おいてから、

「ひょっとして、ただ読んでるんじゃなくて、ヒロくんも何か書いてるの?」

と、例の涼やかな目をしてまた僕の方を向いた。小百合さんはその事には興味がなさそうで、

「ユミはロックだから、いつ聴いたってうるさいでしょ」とユミに言う。

ユミは、

「その意味での『うるさい』じゃないよ。『ちょっと一人にしておいて』って言いたくなる、ということ。音楽は勝手に入ってくる、あるいは、押しかけてくるから、ほんとに一人でいたい時、一人で切実に何かを解決したい時、私は音楽を切るの」と言った。

ユミはロックを聴くんだ、「ロック+文学」派かと僕は思う。さっき小百合さんがあらたまった口調で披露したユミの短歌?が、クラシックではなくロックを聴く人から出てくる仕組みを知りたいと、ふと思う。

「ロックと文学の話、もっと聞かせてくれる?」と僕は、ユミを見て言った。