雨の中のレインボー
♪旅立つ僕の心を知っていたのか、遠く離れてしまえば、愛は終わるといった。もしも許されるなら、眠りについた君をポケットにつめこんで、そのままつれ去りたい。あー、だから今夜だけは君をだいていたい。あー、明日の今頃は、僕は汽車の中♪
ジーンズに白いTシャツの僕は十九歳になったばかりで、快速が停まるようになってから間もない頃の東西線浦安駅で快速を待っていた。白い麻のバッグを右肩に掛け、ポケットに手を突っ込んだままホームの端まで歩くと、まっすぐ伸びた線路の先に、まだ暮れきらない東京の空が見えた。
八月の風が前から吹いて、少し伸ばした髪がそれになびく。背景にはチューリップの『心の旅』が流れ、そして僕は、理由のない悲しみの中にいた。北海道の誰も行かない所。そう思って選んだ孤島への旅。
大学一年生だった僕は、笠原一男の『転換期の宗教』とサルトルの『存在と無』とを携えていた。前者は社会学のレポートのため、後者は実存主義という言葉を気に入ったからだった。
第一章 東京 赤い車の女
大学に入って初めての夏休み、七月のお盆の後、旅費を稼ぐ目的で化学薬品を浸み込ませたカーペットをそこら中の玄関先に置いてくるアルバイトに応募した。仕事の内容と高賃金のバランスが気に入ったからだ。車を持っている連中が別に集められていて、運転手がリーダーとされ、置いてきたカーペットの数に応じて車単位で賃金が支払われる仕組みだ。四人グループで行動する。
初日、銀座線の外苑前駅から国立競技場に向かって少し歩いた所にある営業所で、朝九時に待ち合わせた。少し早めに着くと、ガラス扉の前に真っ赤な外車が止まっていて、ベージュ色のニットのワンピースに白いフラットシューズを履いた女性が、白と黒のまだら模様の生地の裏側に滑り止めのゴムを貼った玄関マットを、事務所から車のトランクに移す作業をしていた。
僕に気づいた彼女は、「二十枚積むのよ。一日十枚さばかないと採算が取れないらしい」と、こちらを見ないでそう言った。上半身をトランクの中に屈めて作業を続けている。白い足がスッと伸びていて、僕は、太もものずいぶん上のほうから膝裏、ふくらはぎ、足首、シューズの所まで、ちょっと眺めてしまう。それで返事が遅くなる。