【前回の記事を読む】夫が帰って来やすい依り代を盛大に作ろうと初盆は盆棚を大紅しだれ桜の樹の下に。灯明を点し迎え火の煙の中に…

薄紅色のいのちを抱いて

桜紅葉(さくらもみじ)

近ごろの気候はかつてのような春夏秋冬がはっきりしなくなった。

秋。紅葉を楽しもうなんておもったら次の朝は寒暖計が三十度を超えることなどざらに起こる。昔は秋の気配とともにモミジの仲間ではないが、マンサク科のアメリカ楓(ふう)や台湾楓が鮮やかな赤橙色に葉を染め始めるのだが、このごろは楓と一緒に桜の紅葉も始まる。いつ葉を染めたらいいのかわからなくなっているのだろうか。

紅葉も桜紅葉の葉は料理の飾りとして重宝がられたのに、あの猩猩緋 (しょうじょうひ) や純粋な緋(あけ)など望むべくもなく黒く虫食った病葉(わくらば)のような紅葉しか見当たらないこともある。しかし、桜の園では見事に紅葉した料理を飾れるような桜紅葉を集めることができる。

夕子は悠輔の一周忌を迎えようとしていた。桜の園の大紅しだれ桜も緋に染まった。結婚前、悠輔に誘われて初めて観た桜の園の桜紅葉が、悠輔がいないのに照り映えている。その分、夕子の気持ちは翳(かげ)った。

夕子は悠輔に会えない寂しさにふと、無性に麻美に会いたくなってついに我慢できなくなった。しかし、孫会いたさに訪れることを悟られまいと、女桜守としてしのびないことであったが、大紅しだれ桜の紅葉の一枝を剪りデパートの包装紙に包んで桜子のところに持って行った。

「うわー、きれいやわあ。玄関に飾るよし」

桜子はとびきり高い声で言った。

夕子はそんな声をそっちのけで、「元気やった?」としゃがみ込んで麻美の顎を手のひらで軽く包み込む。

麻美は絵本やら英語をしゃべる虎のぬいぐるみなどを出してきて夕子に話しかける。少し耳が遠くなったのだろうか。それとも麻美の言葉がしっかりできていないのだろうか、絵本を指さして、「アポーオ、アポーオ」と言っている。

夕子は必死で何を言っているか理解しようとする。

「それって、英語え。りんごって言うてるねん」

桜子が横で笑う。

しばらく夕子は麻美の相手をする。

「労れたやろ? お茶いれよか?」