【前回の記事を読む】95歳まで生きたばあちゃんの「元気の源」それは…エレベーターで20代の若い男と乗り合わせると「キスしようよ」って誘うこと
薄紅色のいのちを抱いて
葉ふるい
「地球は青かった」と宇宙飛行士は言ったけれど、今は見せかけの青い景色のような気がする。地球に送られてくる写真データはすべて青いフイルターをかけることを義務づけられているのではないか。青い星は豊かな水の存在を表している。
昔から人は枯渇する水を求めて争ってきた。これからもっとひどくなるかもしれない、と夕子は漠然とおもう。悠輔の初盆だから、京都の公家の旧家には残っているが、今はもう大方廃れてしまった盆棚を作ろうと夕子はおもった。
作る場所はもちろん大紅しだれ桜の樹の下と決めている。
悠輔は夕子がそこにきっといるだろうと狙いをつけて帰ってくると信じていた。夕子は悠輔が帰って来やすい依り代を盛大に作りたかった。
帰りは五山の送り火があるから、送り火はしないが、悠輔もわかるだろう。しかし戻ってくるときはわかりにくいのだ。春から桜の園に花鉢を並べて作り始めた鬼灯 (ほおずき)も盆棚の結界の紐縄にたくさん吊した。余った鬼灯は、花鉢に植えたまま盆棚の周りに並べる。鬼灯の赤に辺りは赤く映えた。
仏や神は炎だけが見えるのでなくこの鬼灯の赤い実めがけて降りてくるのだ。だから、鬼灯と書いて、ホオズキと読ませる。
鬼灯の赤、黄色、緑の織りなすグラデーションは悠輔にも十分見えるのだろう。
夕子はそれだけではもの足らなくて酒やいなり寿司など悠輔の好物をすべてそろえて夕子がいるところを間違えないようにしたかった。悠輔は黄泉の国から帰ってくるのではなく、どこか遠いところで、それでいて結構近いところに棲んでいるような気がしていた。
「今年の盆棚はえろう豪華やなあ」と何を差し置いても悠輔に言わせたかった。
「あんたの好きなもんは、わ・た・しも含めて全部そろえたえ。桜子と麻美ももうすぐ来るさかいね」
夕子はそう呟いて空を見上げた。
またどこからか遠雷が聞こえる。悠輔が応えているのだろうか。
盆棚はできたし、盆の用意は整ったのに雨は降らない。