夕子は心に巣くう頑なおもいを振り払うように言った。
「麻美も摘んでみいな」
桜子は麻美のほうを見て言った。麻美は頷いている。
柔らかな葉はどちらかというと陽のよく当たる樹の高いところにある。夕子は脚立の上に乗って葉を摘んでいた。
ふと、手を休めて青い空を見上げると、目に光が飛び込んできた。その強烈な光は夕子の意識を奪い、視界は突如闇に包まれた。
夕子は大紅しだれ桜を悠輔と見上げていた。桜の天辺は靄がかかったように薄紅色の闇に溶け込んでいる。今は夜なのやろうか。悠輔と夜桜を観るなんて久しぶりや。肩に悠輔の手の温かさを感じる。このままじっとしていたい。
どこからか、桜子の夕子を呼ぶ声が聞こえる。夕子は気がつくと地面に横たわっていた。桜子と麻美の顔が覗き込んでいる。
「気ぃついた? そのまんま、そのまんま。救急車呼んだし……」
「いやや、救急車いらん。だいじょぶえ」
夕子は片手でおがむように桜子に言った。
「ばあば、おとなしゅうしな」
横で麻美が言った。これは聞かへんわけにいかへん、と急に張り詰めた気持ちが萎える。麻美の上から目線の言いようが心地良い。
注1) 蕊(しべ) 花びらが落ちた後のおしべとめしべ。
次回更新は3月28日(金)、22時の予定です。
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