9月18日(金)
久しぶりの帰宅

午後1時5分に正面玄関へ迎えに行くと打ち合わせていた。

定刻に行くと良子は既に待っていて、手を上げた。

自宅まで車で10分の距離である。

「便利やねえ」

そして退院後の通院経路を検討した。バスは便利につながってはいないようである。2度乗り換えしなければならないと思われる。

良子は、自動車は勿論自転車にも乗れない。強い近視である。そして酒も一滴も飲めない。これは洋菓子にも厳重な用心を要するほどで、アルコールの入ったものを食べると顔は蒼白になり、苦しむ。酒に弱いというレベルでないのである。良子にとって、酒は正しく毒薬である。私の妻としてふさわしくないと言えるし、だからこそふさわしいとも言える。

家に帰って、まず、冷蔵庫の中のものを点検し、古くなったものを取り出した。

「ゴミ屋さんはまだ来ていない」

間に合う。それをゴミ集荷ケースに出してきた。少しの時間で、台所が随分きれいになった。段ボール箱に入った私の冬の下着類を出した。すべて新しい冬物の下着類が数セット入っていた。

それから外に出て、可愛がっている草花を点検した。ホトトギスが、咲き始めていた。良子も私も(というより良子の私への影響であるが)、草花が好きである。

それは日本のものに限る。そして“園芸”種は好まない。原種、もしくはそれに近いものが好きである。

菊も何種類かあるがすべて“野菊”の類いで、花は小さい。旅先の路傍で咲く野菊の一輪をつまんで帰り、培養したものが何種類かある。採取した場所に因んで、「鏡山」とか、「開聞」「八丈」とか、名付けている。これらはすべて道端にいっぱいあるもので、密かに生きているものではない。採取を許してほしいと思う。古里の「那賀川野菊」というのもあるが、これは園芸店より入手したものである。

しかし菊は、今年、まだ咲かない。

テレビで「賢島」の鮑を見た、と良子は言った。

「来年3月は賢島へ行こう」と私は言った。

私たちは伊勢へは何度も行っているが、何月に行ったか、漠然としか覚えていない。

そこで昨年、私の干支の午年だったが、毎年月をずらしてお伊勢参りしようと決めた。

つまり昨年は1月、今年は2月、来年は3月になる訳である。そして次の午年には1月に戻る。

来年は賢島と伊勢をセットにして、3泊か4泊の旅にしよう。

「おいしい鮑を食おう」と言った。

良子は今日予定があった。横浜市敬老特別乗車証(敬老パス)の更新が9月期限だそうで、その負担金を郵便局から振り込まなければならない。郵便局のお金の処理は16時までなので、3時40分に家を出た。

郵便局での手続きを終え、病院へ戻ったのは4時20分頃である。私は病室へ上がらず、正面玄関で良子を下ろした。