2月6日(月)
記憶に残る老夫妻の死の記事
これはもう30年も前の新聞記事の記憶である。記憶はあやふやになっている。しかし骨組みは以下の通りである。
酒の好きな老夫婦がいて、出入り酒屋の話では毎日相当量を呑んでいた。度々二人で歌う声が近所にも漏れていた。夫婦で毎晩酒盛りをしていたらしい。
何日か声の聞こえない日が続いた。近所は息子か娘のところへ行ったのだろうと考えたのであるが、それにしてもあまりに長い不在なので不審に思い、警察立ち会いで家に入った。
酒盛りの余韻を残したまま二人とも、寝転がって死んでいた。
横になって熟睡に入り、体温が下がったのだろう。自然死であった。
ああ、いい死に方だな、とそのとき私は思った。
ただこのカタチは我が家ではあり得ない。妻が、酒に弱い以上の、アルコール忌避体質なのである。酒の入ったものをうっかり食べると、顔は蒼白になり、正に七転八倒する。
舅はそれなりの酒飲みだったし義弟たちも呑む。娘も十分に呑むのだから、妻の体質はよく分からない。「酒に弱い」というレベルではない。妻にとって酒は毒薬である。
2月7日(火)
末期の乳首
これはいまだに、実際に誰かに聞いたのか、夢を見たのか、定かでない。
このような風習のあることを聞いた。
読んだのであれば、何で読んだのか忘れるはずはないのだが、記憶はない。
仲間の一人にこの話をしたら、それはスタインベックだ、ジョン・スタインベックにそんな場面があったと思う、『怒りの葡萄』だろう、と言われた。確かめるのは簡単なのだが、その作業をしていない。
間もなく死んでゆく者に、その死を告げるために、処女がその乳首を吸わせるのである。
何と優しい風習だろう! 「末期の水」、あるいは「死に水」という。
カトリック教会にも『終油の秘蹟』というものがある(今は「病者の塗油」と言う。私には「終油の秘蹟」が好ましい。
「病者の塗油」では自分がいよいよ死ぬのか、まだ生きていくのか、判断に迷う。紛らわしい)。あなたは間もなく「生」を終えますよと告げる。それは安らぎである。
医者の役目は生に向かうものであるが、大切な半分は、死に向かうものだろう。
いかに安らかに死なせてやるか、日本の医療から、それが脱落していると思う。
次回更新は3月24日(月)、20時の予定です。
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