【前回の記事を読む】姉の不倫相手のエセ住職。疑う私を「ちょっとこっちに来てやァ」と窓際に連れて行き、小声で言った言葉……抜けた、腰が。

第一章 夫の脱サラと妻に起こった不思議なこと

神名(しんめい)

私に限(かぎ)らず親族(しんぞく)も、敢(あ)えて距離(きょり)を置(お)き接触(せっしょく)を極力(きょくりょく)避(さ)けていた、そんな姉の知り合いの、私に取っては全くの初対面(しょたいめん)の住職に、『病気やなァ』、を優(ゆう)に通(とお)り越(こ)し、『子宮筋腫(しきゅうきんしゅ)やろォ』、とズバリ病名(びょうめい)を言い当てられ、コクンと一回頷(うなず)くのが精一杯 (せいいっぱい)の私だった。

声すら出なかった。頭が真っ白になるとは、正(まさ)にこのことだった。

四十二年生きてきて、これまでにない、一度も体験(たいけん)したことのない未知(みち)の世界に、一歩足を踏(ふ)み入れたような不思議な気持ちになった。私の中の得体(えたい)の知れない好奇心(こうきしん)は最大限(さいだいげん)に大きくなり、橙色 (だいだいいろ)の炎(ほのお)となった。

深(ふか)い闇(やみ)の森の中を一人ぼっちで彷徨(さまよ)いながらも、この橙色 (だいだいいろ)の炎(ほのお)を頼(たよ)りにもっと先まで進まなければならないと思った。が、橙色(だいだいいろ)の松明(たいまつ)を手に入れても、まだ疑心暗鬼(ぎしんあんき)を拭払(ふっしょく)し切れない。窓の外を見ると、すっかり日は沈(しず)み、いつの間にか夜も更(ふ)けていた。

よく見ると、L字型の広いフロアーには畳(たたみ)の部分(ぶぶん)も有り、そこには姉が前もって準備(じゅんび)をしていたのか、疲れたらいつでも休めるようにとすでに布団(ふとん)が整(ととの)えられていた。息子は勧められるまま布団(ふとん)に入ったが、子供の頃から周囲(しゅうい)の心の変化に機敏(きびん)な息子が、ただならぬ私の様子(ようす)に気付かないわけがない。

その息子がさっさと布団に入ったのを見た時、無言(むごん)で布団に入ったのは私に対する何らかのサインだったのではないかと、まだ少し残っている思考(しこう)でこわごわと考えていると、住職が次のような話をした。

「僕は僧侶(そうりょ)やから基本(きほん)神さんはあまり祭(まつ)らんのやけど、今から半年程前に○○○○、という名前の神さんを祭るように言われたんやァ。誰に言われたかというと人間やないから、ここら辺の説明(せつめい)は難(むずか)しいんやァ。