普通(ふつう)の人にはできんようなことや分からへんようなことを僕はできたり分かったりするんやァ。他の神さんの名前はある程度は教えてもらってまあまあ知ってんねんけど、この神さんに関しては初めて耳にする神明(しんめい)やし、全く何も教えてもらえへんからどういう神さんなんか分からんけど、とりあえず隅(すみ)の方に祭ってんのやァ。
そやけど今後はあんたが祭れということやから、あんたァ、祭りィ。九州に帰ったらちゃんと祭らなあかんでェ。僕は確かにあんたに伝えたからなァ」、と。
『伝えなあかんこと』、とはどうもこのことのようだ。
住職はソファから少し離れた場所に有る机の所に行き、引き出しから紙と筆(ふで)を出し、○○○○、と神名を書き、それを私に渡した。そして住職は首に掛けていた大玉(おおだま)の、とても長い一連(いちれん)の数珠 (じゅず)を外し、私の背中(せなか)からお腹(なか)の後ろの腰の辺りまでを二往復(におうふく)ばかり、スルスル、スルスル、と数珠で撫(な)で、「治(なお)ったでェ」、と言った。
宗教色(しゅうきょうしょく)のとても薄(うす)い家庭環境 (かていかんきょう)に育ったからなのか、それとも私の個人的(こじんてき)な感覚(かんかく)なのかは不明(ふめい)だが、いつもの私だと、こんな非科学的(ひかがくてき)なことをされ、その上、こんな馬鹿(ばか)げたことを言われようものなら、これで治(なお)るなら医者はいらないし病気で苦しむ人もいない、くらいは言ったはずだが、この時ばかりは違い、神妙(しんみょう)な気持ちで住職の話を聞いた。
三人は一睡(いっすい)もすることはなく語り合い、そしていつの間にか朝を迎えていた。有り難い、しかもとても重々(おもおも)しい松明(たいまつ)を手にしたくせに、私は予定通り一番早い便で、逃げるように一目散(いちもくさん)に九州に戻ってきた。
帰るやいなや、私は大阪での不思議な体験の一部始終を夫に話した。いくら冷静な夫とはいえ、今回ばかりはさすがに驚(おどろ)くはずだと思い、夫の反応(はんのう)にもとても興味(きょうみ)が有った。
しかし、拍子(ひょうし)抜(ぬ)けした。あまり驚かない。私が姉を胡散臭(うさんくさ)く思っているだけではなく、夫は夫で姉に対して長年の疑念(ぎねん)がある。だが、夫は静かに話を聞くだけで、特にこれといったコメントもなかった。
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