第一章 夫の脱サラと妻に起こった不思議なこと

姉からの電話

床(ゆか)から天井(てんじょう)に届きそうなほどの大きく立派(りっぱ)な祭壇(さいだん)の前の、沈(しず)み込(こ)みそうな分厚(ぶあつ)く大きな黄色(きいろ)の座布団(ざぶとん)に座(すわ)って、お経(きょう)を上げている。

とはいえ、私には、祭壇以外は全てが違和感(いわかん)だらけに感じた。L字型のフロアー。フローリングの床(ゆか)、洋風の壁紙(かべがみ)に洋風のカーテンとレースのカーテン。本革(ほんがわ)の黒いソファ。

そして何よりも、目の前には姉の不倫相手(ふりんあいて)の住職。小高い場所から町を見下ろす伝統的(でんとうてき)な夫の家実(じっか)の寺を、改めて素晴(すば)らしいと思った。洒落(しゃれ)たビルの一室で、まだ新しげな仏具(ぶつぐ)が競(きそ)って光を放(はな)ってはいるが、妙(みょう)に嘘(うそ)っぽく感じた。

姉は、不倫相手の住職がいるこの寺に時々尋(たず)ねて来るといった風ではなく、まるで夫婦のように一緒に暮らしているかのような態度(たいど)だった。

怪(あや)しげで違和感(いわかん)だらけのこの空間(くうかん)にいること自体(じたい)が、奴(やつ)らと共に私もが、息子を共犯者(きょうはんしゃ)に仕立(した)て上げた気分になった。そんな気分を多少なりとも打ち消せたのは、辛(かろ)うじて『妹さん、病気やなァ』と『伝えなあかんこと』、の二つの言葉だった。

ところが、お経(きょう)がやみ私達の方を振り向いた住職は、まさかの爽(さわ)やか系の人だった。