第一章 夫の脱サラと妻に起こった不思議なこと
姉からの電話
息子はちょうど大学の入学式前の春休みだった為、夫が同伴を頼(たの)んだ。私としても息子の同伴はとても心強(こころづよ)かったが、大阪に行く理由は息子にはほとんど伝えなかった。
息子は無関心(むかんしん)な性格(せいかく)ではない。三日後に控(ひか)えた入院前に、何故(なぜ)、しかもほとんど交流(こうりゅう)の切れている姉に会いにわざわざ大阪に行くのか不思議だったはずだが、質問(しつもん)はなかった。
大阪に到着(とうちゃく)すると、姉は空港(くうこう)まで迎(むか)えに来てくれていた。約束通(やくそくどお)りだった。
久し振りの再会(さいかい)ではあったが、お互い、何事もなかったかのようにさっさと車に乗り込み、姉の運転で住職とやらの待つお寺へと向かった。四~五十分は走っただろうか。車窓(しゃそう)から見える景色(けしき)はさすがに大都会(だいとかい)のそれとは違い、落ち着いた雰囲気(ふんいき)の街並(まちなみ)となってきたが、まだまだ背の高いビルが並んでいる。
そんな時、車のスピードが落ち、路肩(ろかた)に幅寄(はばよ)せし、「ここ。到着したから降りてね」、と姉。姉の物言いは私とは大違いで、子供の頃からとても柔(やわ)らかい。
木造(もくぞう)の、ごくごく普通の伝統的(でんとうてき)なお寺以外は全く想像(そうぞう)していなかった私だったので、ここ、と比較的(ひかくてき)新しく洒落(しゃれ)た五~六階建てのビルを、あたかも衒(てら)うがごとくに指差(ゆびさ)す姉を見た瞬間(しゅんかん)、騙(だま)された、と思った。
鉄筋(てっきん)コンクリート造りの神社仏閣(じんじゃぶっかく)は都会では別段珍(べつだんめずら)しくもなく、このビルの中の一室がお寺になっているのだろうぐらいの想像(そうぞう)はすぐにはしたものの、そこはやはり、子供の頃からの年季入(ねんきい)りの胡散臭(うさんくさ)さが有る姉。
その上、昨日の姉の電話によると、住職とは不倫(ふりん)の関係だという。不倫関係の住職。洒落たビルの中の寺。姉の所業(しょぎょう)の数々。