「で、あの客は何者なんだ?」
「北海道のお医者さんですって、宿帳にそう書いてあるわ」
そう応えたのは洋子だった。
「で、その医者が何であいつをつけ回すんだ? ありゃあ、性質のよくない男だぞ」
源造はまたしても唸った。そして何とか庇わなければならないと考えた。それは母娘も同じだった。彼女たちも骸骨を守るために、あの医者とやらに目を光らせなければならないと思ったのである。
二日続きの雨が止んでまた暑くなってきた。骸骨は松林へ来てぽつんと考えていた。鳴りを潜めていた蝉の声がまた辺りを包み始めた。だがその数も大分減ったらしく、今ではその声も夏の名残りを思わせた。足下に広がる海の色も最早夏のものではなくなった。
不意にポキリと朽ち枝を踏む音がした。ハッとして振り返った骸骨の目に入ったのは伊藤医師の姿だった。
「やあ、君も風流だねえ。でもこんな所は逢引きに使うもんで、男が一人でポツンといるところじゃないぜ」
伊藤医師は男というところに皮肉な語調を与えて近づいてきた。骸骨は身を硬くした。彼は骸骨の側に屈むと、「ふふん」と鼻を鳴らして草を一本毟り取った。
「ド、ドウシテ小生ヲツケ狙ウノデスカ?」
彼は何も応えなかった。ただ口の端を歪めて遠く海の方を眺めているだけだった。
「ド、ドウシテ、放ッテ置イテク、クレナイノデスカ?」
骸骨の声音には哀訴の色が籠められていた。
「いいか、覚えておけ。俺は狙った獲物は逃がしたことがないんだ」
淡々とした口調だったが、それだけに一層凄味が感じられた。骸骨はがっくりと肩を落とし、哀しげな目を海の方に向けた。
次回更新は4月4日(金)、11時の予定です。
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