ただ、市場の屋根はトタン葺で、中はところどころに裸電球が灯っているだけなので暗くて、甘酸っぱくすえたような臭いがするうえ、時々、通路を大きな鼠が走り回っている。雨季になると雨漏りがするし通路はぬかるんで、靴は汚れ、足がとられそうになる。
ジャワ語を話さないせいか初めのころは珍しがられた。顔なじみになった八百屋のおじさんがインドネシア語で「どこの出身」と訊いてくるので、日本人だと言うと、「この人日本人だよ」と、大きな声で周りの店の人に知らせる。どうも日本人はあまり伝統市場には来ないようである。
親しくなると「今どこに住んでいるのか」とか「そんなに遠いところに住まなくても近くに安い下宿があるぞ」などお節介が始まる。
果物売りのおばさんに「美味しそうなのをちょうだい」と言うと一生懸命匂いを嗅いで甘いメロンやマンゴーを選んでくれる。「おばさん美人だね」と言うと、笑いながらさらに値引きしてくれたりおまけをつけてくれたりすることもある。
市場の奥に行くと、あちこちにバナナがひもで吊るされている。いざ買おうと思っても店に売り手がいないことがよくある。周りの人に尋ねるとそのお店の人はお祈りに行っているというが、しばらく待っていても戻ってこない。商品を並べる高さ一メートルほどの台の上で寝ている人もいて、けだるささえ感じる。
市場の横にある空き地には、おじさんが自転車をこいで回す小さなメリーゴーランドに幼児がうれしそうな顔をして乗っている。道路の両側には移動式の屋台が立ち並び、食欲をそそる甘辛い匂いが立ち込めている。
インドネシアではナイト・マーケットもあちこちで開かれている。スラバヤの陸軍キャンプ場で週末に行われるナイト・マーケットは大規模で、多くの人で賑わっている。昼光色のランプを吊るしたおびただしい数の屋台や露店がぎっしりと並び、屋台の周りには香ばしい煙が立ち込めている。
あちこちにビニール製の大きな人形が黒い空にぷかぷか浮き、空き地ではビニール・シートの上でチェスをしている男や足を投げ出し談笑している中年女性たちがいる。
露店ではTシャツ、ジーンズ、日本のアニメキャラクターの大きなぬいぐるみ、草履、スニーカー、CD、一流ブランドの時計などこれでもかというくらい並んでいる。たった二百八十円の有名メーカーのオリジナル高級イヤホンを見つけたので、販売している若い女の子に「これ本物?」と訊いたら「そんなの知らない」と笑われた。
伝統市場ではあちこちで話し声が響き、笑顔が溢れている。エアコンが効いていて、BGMしか聞こえない無機質な高級ショッピング・モールより、格段に楽しい。
次回更新は3月26日(水)、8時の予定です。
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