プロローグ

二〇一一年五月二十一日土曜日、成田九時十分発の全日空NH九三七便は順調に飛行し午後三時、スカルノ・ハッタ空港第二ターミナルに到着した。

木材を多用した空港ターミナルの内装と入国審査に向かう通路の窓から見える中庭の熱帯樹に、私はインドネシアに来たことを実感し、軽い興奮を覚える。私はこの時、人生で初めてインドネシアに足を踏み入れた。

タクシーは空港のゲートを出るとすぐに高速道路に入った。人口一千万人近い大都市だけあって、車窓には超高層のコンドミニアムやオフィスビルが次から次へと映し出される。高速道路を降りると、片側五車線の大通りに入る。大通りの両側には熱帯樹が植えられ、新しい高層ビルが建ち並び、整然とした美しい景観が続く。

渋滞している大通りで強引な割り込みを繰り返しながら、裏通りに入り、予約していた中級ホテルに到着した。このホテルは世界チェーンのホテルではあるが、廊下やエレベータの内装はけばけばしく、チープな場末感が漂う。

少し歩くと、全身にうっすらと汗がにじみ出てくる。柔らかい夕日に照らされた安宿街、ワヒッ・ハシム通りは中低層の薄汚いホテルや雑貨店、食堂などが建ち並び、路上には飲み干したペットボトルやプラスチックのゴミが散らかり、空中には黒い電線が束になって走っている。そこには、香辛料とバイクの排気ガスの混ざった臭いが漂い、どこからか低音がブーストされた、重いリズムのロックが聞こえてくる。