六十歳からの挑戦
覚悟はしていたが、入社してすぐに覚えなければならないことが山のようにあった。まずは、印刷に関する知識と印刷機及びそれに関連するニス、裁断、製函、製本などの機械の知識である。
二番目は生産管理や品質管理についてである。新入社員のころ生産管理部に十か月ほど在籍したが、長期計画の企画業務を担当しただけで、工程管理や生産管理の実務経験はなく、品質管理は管理手法や実務に関して全く知らなかった。
その他にも貿易に関する知識やインドネシアの会社法や労働法も知らなければならないが、前工場長はすでに退職していて連絡が取れない。工場には約百六十名のインドネシア人が勤務していたが、日本人は私一人だけで通訳もいない。
そのうえ、社員同士はインドネシア語と全く異なるジャワ語を使い、会議でもジャワ語が混じる。この会社の工場長は現地採用ということで、インドネシア語ができることが前提となっている。
周りの物事に比較的鈍感で楽天的な私も、さすがに一年後の契約更新まで勤まるか不安であった。しかし、一挙に知識が増えるはずもないので自分なりに最大限努力して、それでだめな時は契約期間の途中でも職を降りると覚悟を決めた。そんな中、追い打ちをかけるように、わが工場に新しい仕事の打診が来た。
着任早々、新しく仕事を打診してきたのは世界トップクラスのアメリカ資本の多国籍医薬品メーカーである。これまでオーストラリアで生産していたアジア、オセアニア地域向けの医薬品の生産をインドネシアのスラバヤ近郊に移すため、化粧箱と能書と呼ばれる説明書のサプライヤーを探していた。わが工場はISO9001のライセンスを持っていたおかげか、供給先候補の一社に挙がったようである。
ISO9001とは、国際標準化機構(ISO)が発行した品質マネジメントシステムに関する国際規格で、審査登録機関の審査に合格することにより認証される。一度認証されたあとも毎年、維持審査を受けなければならない。
次回更新は3月20日(木)、8時の予定です。
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