レオナルドの父は若いころにヴィンチ村に住んでいたが、父親の代から公証人をしていたらしく、その辺りの羊毛業者の売買契約書を作ったり、地主と小作人の作付けや借金などの約定書をこしらえたりして生計を立てていたと思われる。村人の多くは文盲だったから公証人の存在意義は大きかった。

実際レオナルドの父は社会的に確立された職業に従事していたと言ってよかった。その中で父親が小作人の娘と親しくなってレオナルドが生まれたことはあり得ることだった。

母親は父親の家には入れてもらえなかった。母親の名はカテリーナといったらしい。そして後に近在の職人と結婚したらしいということしか分かっていない。

(天才とはこんな家で育つものなんだろうか)

彼は今、天才が少年時代を過ごした家を眺めて、才能とはごく少数の人間に天が与えた特別な特権ではないかと改めて思う。

彼はその簡素な田舎家を見回し、後ろの草地に向かって開いている小さな窓に気付いた。子供が背伸びして辛うじてのぞける高さの窓だ。彼は何を見るともなくその窓をぼんやりと見つめた。

その時、不思議なことが起こった――窓の周りが急にぼやけて黄褐色の光に包まれ、その窓だけがやけにくっきりと浮かび上がった。

あたかも舞台のスポットライトがそこに当たったかのように――そこに五、六歳くらいの子供が立って窓の外を見ている。小さな窓からはオリーブの木の立つ草地が切り取られて目に飛び込んでくる。

(坊や、何を見ているの?)

さり気なく話しかけそうになったが、その子供の後ろ姿には、通りがかりの大人が話しかけるのを思わずためらわずにはいられない、何とも言えない孤独感が漂っていた。

 

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