【前回の記事を読む】イタリアの美しい街並み、美味しい名物グルメ――だがホテルに戻ると、新婚気分は一挙に吹き飛んだ…

第一章

花の聖母大聖堂

九月六日

ホテルの支配人と相前後して警察が事情を聞きに来た。

フィレンツェ署の警官はあまり英語の上手い男ではなく、二人は事情を英語とイタリア語のちゃんぽんで説明しなければならなかった。

若い警官は二人にパスポートを見せるように言い、職業を聞いた。

忠司は自分はジャーナリスト、妻はエステティシャンだと言ったが、英語の出来ない警官は意味が分からない。

真世が言った。

「私は〝アルティスタ・ディ・ウンゲ〟よ」

刑事は尋ねた。

「貴重品は盗られていないか?」

忠司は首を振った。

「盗られていない。僕たちはイタリアにダイヤなんか持ってくるほどの馬鹿でも金持ちでもない」

警官は笑った。

「でも新品のスーツケースの鍵を壊された。妻のバッグも引っ掻き回された。今気付いたんだが、空き巣は何か目的があって僕らの部屋に侵入したんじゃないか?」

忠司は空港のラゲージレーンで突然女性が消えた話をした。

「奴ら……一人か複数かは分からないが、洋服ダンスや引き出しは引っ掻き回したが、ソファのカバーを引き裂いたり、椅子を壊したりはしていない。きっとあの失踪した女の持っていた荷物が目当てだったんだ」

彼は若い警官にカメラに残っているバッグの中身を撮った写真を見せたが、警官の反応は鈍かった。

警官の姿を見て初めてホテルの支配人はホテルの安全がいい加減だったことを部分的に認め、今後はホテルの警備に万全を期すと言った。

だが忠司の怒りは簡単には収まらなかった。これが〝イタリア式対処法〟と言うならこれから先が思いやられる。

警官が帰ると忠司は真世に尋ねた。

「〝ウンゲ〟って何のことだ?」

真世は肩をすくめた。

「爪のことよ」