九月七日
翌朝警察が空港の遺失物係に聞き取りをすると、問題の女が持っていたバッグは消えていた。
忠司たちの到着の翌日、即ち昨日の朝一番に荷物を紛失したという男が受け取りに来たという。どんな男だったか聞くと、瘦せぎすで背が高く銀髪で髪がもじゃもじゃの男だったという。
しかも警察の情報によると、問題の女は飛行機に乗る時に偽名を使っていたことが分かったという。インドネシア国籍のパスポートを持っていたが、白い肌に金髪の交じった茶色い髪の背の高い女はどう見てもアジア系ではなかった。
彼らの部屋を荒らしたのはそのバッグを受け取りに来た男か? 侵入犯は空港の遺失物カウンターに届けた忠司の名前と、滞在ホテルの情報を元に部屋に侵入したのか?
忠司が電話で問いただすと、警官は見当が付かないと首を振るばかりである。
どうやらこの国の警察は当てになりそうにない。この日新婚夫婦はシエナへ向かうことにしていた。
しかしホテルをどうするか? 九月に入ってもフィレンツェは観光シーズン中で、街中の気の利いたホテルは全て満杯だ。
彼らのホテルは日本からネットで予約したが、ミケランジェロの彫刻のあるメディチ家礼拝堂の真向かいにあって、朝市もすぐ傍にあり、どこに行くにも絶好のロケーションだ。
パンデミックで巣ごもりしていた世界中の観光客がどっと南欧に押し寄せている。
今さら新規にホテル探しは厄介である。だが正体不明の侵入者に再び部屋を荒らされるのは真っ平御免だ。
ホテルの支配人に厳しく文句を付けると別の階の部屋をどうかと言った。
初めの部屋とさして代わり映えはしないが、次に戻った時に部屋を変えてもらうことで交渉が成立した。だが侵入犯は忠司の名前を覚えているかも知れない。
真世は旧姓のままのパスポートを持っていた。十年有効のそのパスポートは、彼女が問題の地面師の詐欺事件の後に、近間の海外に逃げようとして予め取得していたものだったが、パンデミックで一度も使わないままだった。
その名字を使うことにして、シエナから戻るまで不要な荷物はクロークで預かってもらうことで話を付けた。