【前回の記事を読む】「若くて綺麗なうちに死んだら、あなたの永遠の女性になれるかしら?」「冗談じゃない」彼は抱き寄せてキスし、耳元に囁いた

第一章

花の聖母大聖堂

九月六日

それに日本の報道がカバーし切れない海外のニュースを発信する予定だったが、世界各地の特派員との情報交換はすべてオンラインになり、読者の望む魅力のある生のニュースを提供出来なかった。

日本の報道機関は国際ニュースの配信が遅いだけでなく、紛争地域のニュースは他国の通信社のまた聞きがニュース源だったりする。一方ではフェイクニュースに引っ掛からないように用心しなければならない。いかにインターネットが発達しても、生の取材は不可欠だと思い知らされた。

そんな中でウクライナやパレスチナで紛争が勃発した。一方で地球温暖化の影響で世界中が熱波や山火事、洪水に襲われ、紛争や干ばつの影響で不法移民が南イタリア沿岸やメキシコ―アメリカ国境に押し寄せている。移民の流れは更に拡大するだろう。世界は絶えず動いている。

一方の真世の方は忠司ほど確信を持って自分の人生の指針を見つけることが出来ないでいた。

事件の後遺症はきつかった。地面師が死刑にならず、獄中であるにせよまだ生きていることは納得していない。だがたとえ相手が死んでもトラウマは簡単には消えないだろう。彼女は普通の若い女としての楽しい青春の思い出がないまま、ここまで来た。奪われた青春をいかに取り戻すかが当面の彼女の課題だ。

だがこの世の憂いを一人で担ぐことはどっちみち不可能だ。折角の新婚旅行だ。暗い過去を忘れ、世界を覆う暗雲を忘れ、美しい街並みを楽しみ、気分をリフレッシュしたい。世界中から訪れる観光客に混じってこの町を歩き回り、イタリアの太陽を浴びてリラックスし、うまいイタリア飯に舌鼓を打とうではないか。

彼らはポンテ・ヴェッキオのたもとで引き返して、再び花の聖母大聖堂広場に戻り、狭い石畳の通りをゆっくりと歩いて、フィレンツェ駅の前に立つサンタ・マリア・ノヴェッラ教会の方へ向かった。

その駅のすぐ横にバス会社があり、トスカーナの魅力に富んだ町々に人々を運んでくれる。彼はシエナやピサ、塔の町として有名なサン・ジミニアーノに行くバスの時刻表を見るつもりだ。

忠司は世界的に有名なグルメ情報誌のイタリア版を見てレストランの品定めをし、予約を取っていた。レストランのボーイはフィレンツェ弁をしゃべっているところを見るとどうやら生粋のフィレンツェっ子らしい。