*登場人物

松野忠司・真世  イタリアへ新婚旅行中の日本人夫婦

ニキ・フュッセン  美術品の運び屋

ヴィンチェンツォ・サバティーニ  フィレンツェの美術商

ヴィットリオ・スーザ   自称美術愛好家

ブルーノ・ベラコスタ   イタリア国家警察・文化遺産取締官

ミケーレ・カヴァッリ   フィレンツェ在住の画家

ジュリアーナ・ダ・シルバ   ウフィツィ美術館のキュレーター

ストロッツィ   フィレンツェの額縁製造工房の主人

マヌエラ   ミケーレの元妻、オランダ人

ジム・ターナー   忠司の会社のロンドン特派員

ジョヴァンニカルロ   美術品の運び屋

ファブリツィオ・フォンティ   フィレンツェ空港の警備係

トーマス・エイモス   美術品コレクター、アメリカ人

ペーター・ファン・ホーフェン   美術ブローカー、オランダ人

プロローグ

ヴィンチ村

中部イタリア・トスカーナの緑の沃野は美しかった。麦畑やトウモロコシ畑は青々として風にそよぎ、その間を縫うように点在するひまわり畑は大輪の花を付け、太陽の光を受けて黄色く輝いている。

ハイウェイA11をピストイアの町の標識のところで下りると、目の前に豊かな田園風景が広がっていた。なだらかな斜面にブドウ畑がどこまでも続いている。この辺りは有名なワインの産地、また豊かな食の宝庫として知られている。その景色を横に眺めながら一路南下し、真っ直ぐに伸びる並木道を走り抜けたところにその村はあった。

ヴィンチ村はレオナルド・ダ・ヴィンチの生家がなければ、イタリアの田舎のどこにでもあるひなびた村の一つにしか見えない。その家は田園の一隅にひっそりと建っていた。彼はその家の前の駐車場に車を止めた。

くすんだ褐色のレンガ建ての田舎家に入り、レオナルド一家が暮らしたという部屋を見渡すと、観光客向けに立てられているパネルを除けば、驚くほど簡素で何もない、当時のイタリアの庶民の暮らしを髣髴(ほうふつ)とさせる部屋だ。それでも家の主は代々公証人だったというから、当時としては中産階級に属していた。