「もうこの子たちをひきはなすのは、よしましょう」

母さんのことばに、父さんは深くうなずいた。

「旦那には、いままでの倍はたらくから、この子たちを、いっしょにいさせてくれるように、たのもう」

そういって、ネムの体をそっとなでた。ネムもジドもすっかりやせて、体が小さくなっている。

「なんにもたべないでいたのだもの。さぞ疲れたことだろう。おきたら、ヤギの乳を、たんとのませようね」

母さんはそういって、エプロンで目をぬぐった。ネムとジドは、次の朝になっても眠りつづけ、よびかけてもおきなかった。

「よっぽど、つらかったんだね」

父さんのことばに、母さんは小さくうなずいた。その日は、ふたりとも畑にはいかないで、ベッドのそばで、ネムとジドのようすをみていた。

しばらくすると、旦那が訓練士をつれてやってきた。

「ジドが、ここにいないかと思ってな」

そういって部屋のなかをみまわすと、ペチカのわきのベッドに、ネムの頭がみえた。

「その子はどうした。病気なのか」

そのことばに、父さんと母さんが、旦那のまえにひざまずいた。

「おねがいです。どうか、この子たちをひきはなさないでください。私どもふたりで、今までの倍はたらきます。ここにいさせていただくだけで、けっこうですから」

訓練士は、ふたりには目もくれずに、ベッドにかけたボロボロの毛布をはがした。ジドが、ネムのうでのなかにいた。

「やっぱり……」

手をのばしてつかもうとすると、母さんがその手にすがりついた。

「おねがいです。もうこれ以上、この子たちを苦しめないで、そっとしておいてください」

訓練士は、母さんに手をつかまれたまま、旦那をふりかえった。旦那は、ネムとジドを、じっとみつめていた。ひっそりと、まるでそこだけやわらかな光がさしこんでいるように、かすかなほほえみをうかべて、眠っている。

訓練士が声をかけた。

「この犬はどうしましょう」

しかし、旦那は、訓練士には目もむけないで、ぽつんとつぶやいた。

「お許しください。私がまちがっていました……」

それから、父さんと母さんにむかって、深くふかくおじぎをすると、訓練士のせなかをおして、そっと部屋をでていった。

ネムとジドはこんこんと眠りつづけ、それっきり目をさますことはなかった。ふたりは、いっしょに、空の遠くに飛んでいった、そう人々は、いったそうな。

 

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