【前回の記事を読む】ジドを飛ばせるためにやとわれた訓練士。なかなか言うことを聞かないジドに腹を立て、気性が激しい猟犬をつれてきて…
ネムとジド
それはジドにむけたものではなかったが、その木にいた鳥が、白いのも、黒いのも、茶色いのも、黄色いのも、みんないっせいに飛びたった。みると、なかに一羽、まっ白い、おかしなものがまじっている。
―いた、あいつだ!
訓練士は、犬をけしかけた。しかし犬は、空の鳥にはなんにもできない。腹立ちまぎれに、もう一発ぶっぱなすと、鳥が一羽落ちてきて、それにむかって突進した。
鳥たちは、ジドをまんなかに、かこむようにして飛んでいった。ジドは、鳥たちにおくれながらも、耳を羽のようにふって、空を飛んでいく。疲れて落ちそうになると、大きな鳥たちが耳としっぽをくわえ、ほかの鳥たちがそのしたで網の目のようにならんで、飛んでいく。風が原っぱにむけて吹きつける。
ネムは、林のなかの原っぱで、ぼんやりすわっていた。ジドがいなくなってからは、もう石をとびこえたり、草のうえをはねたりする気力もなくなって、ただぼんやりと空をながめたり、風に草がゆれるのをみているだけだ。
「すっかりやせてしまって。たべるものも、たべなくなってしまった」
母さんが、そういってなげいた。
「そうだねえ。ついこのあいだまで、あんなに元気だったのに、またまえのようになってしまった」
ネムは、父さんと母さんの心配をよそに、その日も草のなかにすわって、よだれをたらしながら、ぼんやりと空をながめていた。このごろは、ここまでくるのがやっとだ。原っぱにきても、もう歌はうたわない。だけど動物たちは、ネムのそばでじっとすわったり、ねそべったりしていた。
そのとき、空のむこうに、鳥の群れがみえた。群れは、原っぱを小さな雲のようにおおうと、ネムの頭のうえで、じょうごの形になっておりてきて、その先端から、なにか白いものを、そっと落とした。
「ジドら!」
ネムは大声でさけんで、かけだした。やっぱりジドだ。大きく息をしながら、草のうえによこたわっている。
「ジド、ジド……」
ジドをかかえて、だきしめた。ぐったりして、体をなでても、目をあけようともしない。 ネムはジドをだいて、いつまでもなで、そのうちに眠ってしまった。夕方、父さんと母さんがさがしにきた。ふとみると、草のなかに、ネムが、ジドをだいて、ねているのがみえた。ふたりとも、死んだように眠っている。
「かわいそうに。かえってきたんだね」
父さんは、だまってネムをだきかかえ、母さんは、ジドをだいて家にかえった。 家にかえると、ネムとジドをいっしょに、ペチカのわきのベッドにねかせた。