【前回の記事を読む】学校では、陽気な馬鹿キャラにでもなんでもなれるのに、塾ではそうはなれない。それはキャラじゃなくてリアルだからだ。
1 塾
夏期講習
晃の気持ちは少しずつ不安定で卑屈になっていくようだった。
塾のテストはしょっちゅうある。悟でさえAから特進へ上がったり下がったりしているのに、晃はまったくAへすら上がれる気配もない。成果が出せないじれったさと、歯がゆい日々。
そんな中で空気が変わったのは、年が明けて、中学受験の合否がわかってからだ。それは、あんなに頑張っていた健斗が受験に落ちて、晃たちと一緒に地元の公立中学に通うことが決まったあたりだ。
合格発表があった翌日、いつもより少し遅く教室へ入ってきた健斗は、ランドセルを自分の席に置くとスタスタと晃と悟の所へ歩いてきてひと言。
「中学でもよろしくな」
さりげなくいつもの調子で声をかけてきた健斗だったが、晃も悟もとっさになんて返事をしていいのかわからず、その時の二人はきっと慰めるでも励ますでもない曖昧な表情を浮かべていたに違いない。
健斗は一言だけ言ってスッと、また自分の席に戻っていった。その時の空気があまりにひんやりしていて、今までのような慣れ親しんだ友達の健斗という感じがしなかった。
受験不合格
健斗にとって成績は自分の人格の一部と思っていた。常に一定のポジションにいて、周囲からはちょっと一目置かれているように肌で感じる。行動は特に問題もなく、特別目立つようなこともしない。クラスの中での立ち位置は中の上、もしくは上の下あたり。そう、そこが健斗にとって自分のベストポジションだと思ってきた。
テストの点数はいつも良かったが、それは特に健斗を輝かせることはなかった。子供にとって大事なのは面白いか、勢いがあるか、運動ができるか。勉強は一番でもない限り目立つことはなかった。そんなことよりも元気で活発な方が人気があって、晃が羨ましかった。
いつだってそれが正しいとか、正しくないとか、そんなことは関係なく晃の意見が通ったし、悟だって、口が達者でズケズケと何でも言えるから「悟が味方だと心強い」と思わせる力を持っている。
調子が良いところはあるが、こいつを敵にはしたくないと思わせるのは悟の才能だと思っていた。