「よく思いつくな」
「いつの間にか日常を非日常が侵食し、爆発する瞬間を象徴した物がお化けなのよ。玄関の扉も布団の中にも安全はない。駄目、怖くなってきた」
小さな怪奇現象の積み重ねが恐ろしくなった私は、きっと最終的に篤を頼るのだろう。しかしえてして篤ポジションの男は先に怪異に触れて死ぬのである。
「殺すなよ。おまえだけ助かるの?」
ラストはもちろん私の怯えた顔がアップになって終了だ。明確な結末を用意しないことにこそホラーの醍醐味がある。と、私は信じている。
「まあ、実際にそうはならないからできる妄想なんだけど……」
「わかってるじゃん」
笑いかける篤の顔が、一本の電話の音で固まった。私たちは同時にお互いの目を見、二人の周囲を甲高い電子音が包む。ピルルル、ピルルル。篤の視線が私のスマホに移動する。ひとり暮らしの私は、固定電話を持っていなかった。
「非通知だ」
鳴り続ける私の電話。ゆっくりと伸びてきた篤の手が、彼の決意が乗り移ったかのような素早さでスマホを掴んだ。
「もしもし」
切れた。とすぐスマホを戻す。液晶に浮かび上がる時刻は、02:00だった。
電話の一件で怯えていた私も、引っ越しの片付けに忙殺されて恐怖が薄らいでいた。家賃はそう高くないが部屋は広いし、おまけに角部屋で隣は飯島さん。日中陽の光が差しにくいことを除けば何の不足もなかった。
空にした段ボールを持って部屋を出る。視界の端に、飯島さんの玄関に引っかけられた白い傘と、染みが目に入った。円形から赤茶けた小さな波紋が広がる。飯島さんは知っているのか。インターホンを押したが、彼女は現れなかった。私は段ボールを玄関に置いたまま、自分の部屋へ引き返した。電話が鳴っていたからだ。
私の妄想が現実になっている?
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