「でも、言ってたよ」
「きたー」
「え? 何が?」
「ううん、こっちの話。続けて」
「引っ越し業者のナントカくんがここ、出ますよね……って。前もここで引っ越し作業したことあるけど、悪寒がしたって……」
「風邪だろ」
篤は暇そうにビールを飲んだ。
「違う。でね、実際ここ人が死んでるんだって……」
声を潜める私と対照的に、篤は真っ赤な顔でケタケタ笑った。私の話し方がいかにもな演出で、毎度我慢ができないらしい。何で声潜めるの、とソファを叩く。そんな反応をくらうと私も恥ずかしい。
「引っ越したばっかで妄想しすぎだよ」
「引っ越したばかりだからでしょ。明日から私の身の回りで怖いことが起きたらどうする」
「怖いこと」
篤は興が乗った様子で座り直した。
「夜中に突然電話が鳴るとか」
「やめてよー絶対夜中の二時にかかってくるやつ。電話は古来メリーさんより、お化けにロックオンされた証なのよ」
「メリーは古来なのか」
「メリー“さん”ね。それから私の周りがおかしくなり始めるの。天井に謎の染みができるでしょ。夜中に赤ん坊の泣き声で目が覚め、それから」
「まだあるのか」
「降りしきる雨の日……玄関の外にずぶ濡れの髪の長い女が立つ。彼女は傘を持っているんだけど、そこから垂れる雫がよく見たら……血」呆れた篤が笑い出した。