クリムゾンの糸 兎太郎

「では……教授は」

「途中で暴発したのね。銃も壊れてる。これは事故です」

それなら願いは成就したはず。だが靄は晴れない。目印に引き寄せられ、どんどん濃く深くなっていく。

「これで供物は二つ。お母さまも放っておけば死ぬけれど」

ゆらりと顔を上げて、今度はロッキングチェアで震える夫人を見やった。弥子の視線に、震えがだんだん大きく激しくなっていく。

「ねえお母さま、ひとつ私の質問に答えて」

弥子がテーブルの上から鋏を取り上げ、チェアに向かう。すると震える教授夫人がガクガクと唇を開き、舌を出し始めた。

「んぐ……っ、ふぐうぅぅ……!」

夫人の舌がギチギチと伸びていく。それはとどまる事を知らず、長く長く。

「なんだこれ……こんな……!」

「嘘を吐いたら切ります」

そう宣言して弥子が鋏の刃で夫人の長い舌を挟んだ。

「お母さまは、私がクリムゾン・サークルを使う事を知っていましたか」

ビクッと巽の心臓が跳ねた。

──数か月前、巽は教授が留守の堂本本家にいた。

夫人との情事は処世術の一つだったが、その後の睦言で初めて弥子の境遇を聞かされたのだ。

「だったらその弥子さんは教授を恨んでる! そうだ、僕が弥子さんと恋仲になってさり気なくクリムゾン・サークルの術式を教える……そうすれば呪い殺そうとするんじゃないか!?」

巽のクリムゾン・サークルに対する恋着は相当なものだった。常々その術式を体感したいと切望していたが、自ら試すにはあまりにもリスクが大きい。

「またそんな迷信……」

「呪術は迷信なんかじゃない!」

乱暴に組み敷いて、巽は興奮を夫人の裸体に吐き出した。

(このやり方なら安全にクリムゾン・サークルを検証できる。もし呪い返しがあっても僕には関係ない)

かくして巽の計画は、順調に進んでいた……はずだった。

「──お母さま、答えて」

「あがぁっ……! えあぉっ、いぁええっ」

見開いた目から涙を垂らしながら、夫人が小刻みに頭を振る。
「そう」